2.不思議な少女と不思議な国


「初めまして。モニカ・ナーリアと申します」


 目の前の少女はそう名乗り、お淑やかにお辞儀をした。所作を見るからに良いところのお嬢様なのか。そう思ったのも束の間、やはり俺を見て距離を開け始めた。そんなに男が怖いのか?


「あ、あの……不躾な態度で申し訳ありません……治さなくてはいけないのは重々承知しているのですが……」

「体が無意識に動くのは仕方ない……ですよ」


 見るからに俺より歳下に見える彼女・モニカ……さんに対してどう接するのが正解か見えずにおかしな話し方になってしまった。隣ではリサラが怪訝な表情で俺を見つめていた。仕方ないだろう。女性への態度を学ぶ機会などそうそう無い。様子を見るのが俺にとっての正解だ。


「む、無理に敬語でなくても構いませんよ……?」

「君が丁寧に話してくれてるのに俺だけ敬語じゃないって訳にもいきませんし……」


 少女……モニカから提案されたが、彼女が丁寧に接してくれているのに俺が早くから馴れ馴れしくしても周りに訝しげな目で見られるのがオチだ。しかも彼女は元々この世界の住人。俺より先輩に当たると考えてしまい、どうにも萎縮してしまう。


「……お優しいのですね。どうかお気になさらずに気楽にお接しください。私も……怖がらないように気をつけますので」

「そうか……それならよろしくな。モニカ。俺は真田 郁だ」


 怯えながらも意志表明をしてくれたからには彼女の意志を尊重しよう。名乗っていなかった事を思い出して名前を教える。


「真田 郁……郁様、とお呼びしてよろしいでしょうか?」

「いや、様付けは恥ずかしいから……」


 俺の名前を反芻して呟くと、何を思ったのか様付けで呼んでもいいかとの確認事項を告げられた。どのような立場なのか分からないがそれは恥ずかしすぎる。


「ですがメイドですので」

「メイド?モニカが?」


 メイドというにはメイド服を着ていない。今はどちらかと言うと白いゴスロリのようなひらひらした服を着用している。これがこの世界でのメイド服なのか?


「モニカは今は仕える人が居ないから私服なのよ」

「そうなのか。でも確かに言葉遣いがそれっぽいな」


 混乱していたらリサラが補足してくれた。仕える人が今は居ない。この言葉と状況から察するに国王に仕えていた、という事になる。俺の勘違いでなければ。


 俺とリサラの会話を聞いていたのかモニカがさりげなく近づいて(俺ではなくリサラに)俺の方を見ながら疑問を口にした。


「リサラ様、郁様が国王候補なんですか?」

「そうよ!私の目に狂いは無いわ」


 モニカは様付けで呼ぶ事を止める気はないらしい。それどころかリサラは腰に手を当て自信満々に言ってのけた。俺を次の国王にする自信がよっぽどあるのか。


「わ、私男の人に仕えた事が無いのですが……!」

「大丈夫よ。郁なら大丈夫」


 待て。今男の人に仕えた事が無いって言ったか?それじゃあモニカは誰に仕えていたんだ。正直この世界の事は分からない事ばかりだ。彼女がどのような仕事をしていたのかも分からないし、人間関係も把握出来ていない。


「待ってくれリサラ。彼女は誰に仕えていたんだ?国王じゃないなら仕えるべき存在がいるんじゃないのか?」

「私は王妃様……国王の奥様に仕えていたんです。国王が亡くなられて奥様も今は王妃ではありませんから」


 モニカが自らの口で事情を話してくれた。そうか王妃か。だが国王の妻で今は国王が不在。それなら王妃が代理を努めるはずじゃあ。


「国王代理は誰がやっているんだ?」

「私よ」

「え」


 疑問はすぐさま解決した。隣にいた女性、リサラが国王代理を務めていると。王妃は何をしているんだ。


「王妃は国王を亡くされて塞ぎ込んでしまってね。政治には疎いみたいだから補佐役の私が代理なの」


 王妃は政治に疎い。ありがちなようでいまいち現実味を帯びない。市民の出なのか?そのような不躾な質問はしないが。


 次期国王が決まれば自然と王妃という立場では無くなる。その場合王妃は城を出なくてはならないだろう。それもなんだか申し訳ない。


「今の所ハーレム候補は2人よ。モニカと王妃」


「おいモニカはまだ分かるが何故王妃!?未亡人だぞ!そんな事出来る訳ないだろ!」

「いいじゃない未亡人でも。それに王妃のこれからが心配なんでしょ」


 また心の内をずばり言い当てられてぐうの音も出ない。なんでさっきから俺の考えが分かるんだ。偶然なのかそれとも読心術が使えるのか。


 王妃をハーレム候補にするってどういう状況だ。俺が王妃を誑かしたと噂が流れて打首獄門になったらどうしてくれる。確かに王妃のこの先は心配だけれども。


「先代、今はもう先々代ね。それまでの歴代国王と王妃はご隠居されて跡を継いでこられたの。国王が現役の最中に亡くなられるのは滅多に無かったから」


 なんで暗殺されたんだ国王。その理由を知りたい。誰も知らないんだろうけど。


 今回の事は数百年ぶりに起きた事件。次期国王候補が相応しくない者ばかりだったのは異例の事態だったらしい。そこで古い歴史書に載っていた召喚の儀式で国王に相応しい者を異世界から連れてくる。言い伝えのような話で信憑性が無く、試したのはリサラが初めて。


 召喚魔法を発動した時に相応しい人がいる場所に自動的に移動する。そこで説得し異世界へ連れ帰る。この話を聞いて納得した。これが召喚と呼べるかはさておき。


「話は大体分かった。そのハーレムを作るのと次期国王候補となんの関係があるんだ?」

「ハーレムに入れた女性への接し方と、市民の支持率。この2つを国民の半分以上が認められれば国王になれるの」


 なんか馬鹿げてないか。だが異世界特有の考えなどがあると考えれば普通なのか?元の世界で言う地域差ってやつなのか?


「郁の世界で言う地域差みたいな物よ。この国では女性や他人に優しく出来る事が信頼に繋がるの」

「なのでハーレムに入った女性への接し方、国民への接し方が大事なんです」


 リサラの言葉に続いてモニカが補足してくれた。俺は他人には出来るだけ優しく接してきた。それが裏目に出て気持ち悪がられる事が多かったけど。この世界で俺のそんな些細な気持ちが役に立つのなら。やってみてもいいかも知れない。


「その話を聞いて気が変わった。次期国王候補、なってやるよ」

「本当に!?よかった~引き受けてくれて……一瞬断られるかと思ってヒヤヒヤしちゃったじゃない」

「郁様のお力に成れるよう、私もサポート頑張りますね」


 意志表明をした直後、リサラが飛びつかんばかりの勢いで駆け寄って来た。モニカも近づきはしないがさっきまでの怖がる素振りは感じられなかった。


 この国でなら、ありのままの自分で居られるかもしれない。やりたい事が見つけられるかも知れない。


 国民の支持を得られる自信は全くないけれどな。

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