第56話 後は若いお二人で

 彼はノアの姿を見つけると、大股でずんずんと廃墟を踏み荒らしながら、鬼の形相でこちらに歩いてくる。


「禁術の発報があったから来てみたら、アンタまた何か」

「はいはい、そこまで」


 今度はジェイドとノアの間に、フェイが割り込んだ。


「今回は俺がきっちり絞っといたから。それで勘弁してやって」

「え、やだ嘘」


 気の抜けた顔でジェイドを宥めるフェイ。

 さっきノアに詰め寄っていたのと同一人物とは思えなかった。

 フェリを引き取ってくれたことといい、フェイも結構面倒見がいい。きっとノアを心配するあまり、厳しく怒ってしまったのだろう。


 宥められた側のジェイドは、口元に手を当ててはわはわと口を開け閉めしている。

 その頬が、いや、顔全体が真っ赤になっていて、あれ? と思った。

 何だかその顔は、まるでノアに見惚れていたお嬢さんたちのように――恋する乙女のように見えた。


「フェイ管理官!?」


 ジェイドが黄色い声を上げた。

 その嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな顔を見て、理解する。

 そうか。ジェイドはフェイのことが好きなのか。


「きゃー!! い、いつも見てます!!」

「あ、ありがとう?」


 ぽかんとした顔で気圧されたように返事をする前世の友人を見て、にやにやしてしまう。

 ついにフェイにも春が来る、のかもしれない。


 しばらくはわついていたジェイドが、やがてきゃーっと黄色い声で叫んだ。


「やだー!! アタシ夜勤明けでそのまま来ちゃった!!」


 あまりの音量に、耳がキーンとなった。

 マンドラゴラの鳴き声もかくやという大音量だ。


 ……ん?

 マンドラゴラ?


「ちょ、ちょっとやだ、どうしよう! ねぇちょっとノア、メイク変じゃない!?」

「いつもおかしい」

「ぶっ飛ばすわよ」


 ノアがジェイドに睨まれていた。


 そんなことはいいから、あの、マンドラゴラ。

 そう思って二人の会話に割って入ろうとするが、私が声を掛けるより先に、フェイの顔を見ていたジェイドがまた黄色い声を上げる。


「きゃあ、見た!? あの苦み走った横顔……はぁ、チャーミングだわ」

「ただのおっさんだろ」

「《攻撃》」


 ノアがぶっ飛ばされた。

 さすがに壁のように木っ端みじんにはならなかったので、ジェイドも手加減しているようだ。

 ……もしかしたら、ノアが防御魔法を使っただけかもしれないけど。


 壁に背中を打ち付けて呻いているノアに、大慌てで駆け寄った。


「旦那さま、旦那さま!」

「ったた……何?」

「マンドラゴラ!」

「……あ」


 私の指摘に、ノアが畑を振り向いた。


 屋根が吹っ飛んで明るくなった部屋、吹きすさぶ隙間風、そしてこの大騒ぎ。

 暗くてじめじめして、静かな場所を好むマンドラゴラには最悪の環境だ。

 耳を澄ますと、かすかにマンドラゴラのぐずる声が聞こえ始めている。


 実はマンドラゴラ、気に入らないことがあると引っこ抜かなくても泣くのだ。

 このあたりも取り扱いが難しい所以である。


 マンドラゴラの悲鳴を聞くと発狂して死ぬと言われているけれど、1匹くらいなら死に至ることはない。2、3日使い物にならなくなるだけだ。

 けれど、この数の大合唱を聞いてしまったら――どうなるか。


「《雷雨》」


 ノアが魔力で魔法陣を描いて、発動させる。

 途端に空が暗雲に覆われ、ざあざあと雨が降り始めた。

 ぐずっていたマンドラゴラたちに、一時的に平穏が訪れる。これでしばらくは大丈夫だろう。


 天候を操る魔法は多くの要素の複合が必要になる上位魔法だ。

 それを魔力で描いただけの、不安定なはずの魔法陣で成功させるとは――ノアの今後が楽しみになる。


「じゃあ、僕たち帰るから」

「え?」

「後始末、任せた」

「え??」


 ノアが私を抱えて、転移の魔法を発動させた。


 亜空間に飛び込む前に、心の中でジェイドに向かってサムズアップする。

 後は若いお二人で、どうぞ頑張って。


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