第32話 僕はどうすればいいんだ?(ノア視点)

「アイシャ?」


 ずかずかと部屋に入る。ベッドで毛布に包まっているアイシャに近づいた。

 何だ。やっぱりまだ寝ている。


「ほら、今日は起こしに来なくていいわけ?」


 そう言いながら、肩と思しきあたりにとんとんと触れた。

 アイシャは「んー」と唸って、毛布から顔を出す。


 やれやれだ、と思ったのもつかの間、その頬が見たこともないくらい真っ赤になっていて、僕は思わず目を瞬いた。

 彼女はうっすら目を開けたが、その目つきはどこか虚ろなもので、焦点が合っていない。


 何だろう。様子がおかしい、ような。

 それに気づいて、額に手を伸ばす。汗で前髪が張り付いた額が、ひどく熱い。


 ふうふうと息をする様子も、何となく苦しそうに見える。

 子どもって体温高いとは言うけど――さすがに、これは。

 思わず立ち上がって、アイシャを見下ろす。


 え?

 これは、もしかして。

 熱がある、のか?


 そうでもないと、いつも旦那さま旦那さまとうるさいこの子が大人しくしていることに説明がつかない。

 風邪か? いや、昨日魔法を使っていたし、魔力の使い過ぎか?

 でも、あんな、ランタン4つ浮かせただけだぞ?


 それとも、何か他の、病気?

 子どもと言うのは大人よりもか弱い。思いもよらないことで病気になったり怪我をしたり、そういうことが起きてもおかしくない。


 しかしもしそうだとして、僕はどうすればいいんだ?


 こういう時こそ魔法薬か? でも僕は魔法薬学は専門ではないし、第一詳しい症状が分からない。

 熱があるらしいのは見て取れる。しかし他にどんな症状があるのか分からなかった。

 まずは正確な情報を得ないことには動きようがないだろう。


 しかし、聞き出せるのか? 日常会話すら怪しいこの子どもから?

 ただでさえ、こんなにつらそうなのに?


 だいたい聞き出せたとして、大人に用いるものを子どもに飲ませていいものか?

 大人の半量? いや、身体は半分より小さいような気もする。

 細胞量は? 内臓の生育は? 子ども用の魔法薬の文献など家に置いてあっただろうか。


 いや待て。ただの魔力切れなら寝ていれば治る。

 ただの風邪だってそうだ。


 だが、もし違ったら?

 大丈夫だろうと放っておいて、もしものことがあったら?


 しかし診断を誤って魔法薬など与えては、それこそ危険なのでは。

 かといって、このままここにアイシャを置いて、部屋で文献を漁ったとして――その間に、容態が悪くなったら。


 え?

 ――死ぬのか?


「うう、」


 はっと気が付いて、アイシャを見る。

 彼女は苦しそうに顔を顰めて、寝返りを打っていた。額には汗が浮かんでいる。


 どうする。

 どうする。

 僕は、どうすれば。


 はっと気が付いた。ダイニングへと走って、棚の中にしまいっぱなしになっていた羊皮紙を広げ、魔法陣に魔力を流す。


「《通信》!」

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