イケてる奴ら、存外悪くない

紫空勝男

第1話

小学校とは雰囲気が一変する。

小学校6年間を何もしないで過ごしてしまった海野和彦は、中学こそは文武両道を目指そうと希望に燃えていた。

 部活動入部届は、クラスに配られていた。しかし海野は自分で直接、野球部のキャプテンに言わないと気が済まない気分であった。

 数日間、放課後の野球部の練習をベンチの後ろから見学し続けた。2年生ながらノックが受けられる先輩もいる、受けられない先輩もいる。

でも野球部として活動している姿が羨ましかった。

 野球やりたい。入部したい意志を、伝えようとしたが、数日間切り出せないでいた。

「そんなに入部したいのなら、その気持ちを言ってみたら? 先輩たちも和彦のこと気にしているよ」

 母に背中を押された。

練習が終わって皆で後片付けをしている。キャプテンを見つけ近づき、意を決して話した。

「すみません。野球部に入りたいのですが」

キャプテンは和彦をまっすぐ見つめ、

「そうか、入部届を書いたら入れるから、すぐ練習に参加しなよ」

やった! 野球部だ。

そして土曜日午後、記念すべき初練習だ。

皆がハツラツとしているグランドに向かった。

「海野、早く来いよ!」

先輩たちも歓迎してくれているようだ。

 海野はこの時の感激を忘れなかった。多分初めて試合に出たときよりも。

 数日後、海野の他に野球部には6人が入った。

海野が練習を見学している日々。彼らは他の部を見学して回っていた。例えばテニス部でラケットとボールを握ってのプレー体験。野球部漬けの毎日が始まる前の、一寸したレクレーションだ。

「海野も一緒に来いよ」

声を掛けてくれたが、海野は行かなかった。

野球しか興味がなかった。


 6人が入部した日、140に満たない身長の海野を見て、後に強豪私立高校にスカウトされる巨漢の小木は、

「頑張れよ! 辞めるなよ」

と案じてくれた。

 後にエースとなる同じく巨漢の夏木は、

「おい、お前、3年間もつのか? まあお前みたいな万年球拾いがいた方が、他の奴が自信持って良いだろうけどな」

海野に向かって、砂を蹴り飛ばした。

「こいつ!」

海野は心に黒いものが。でも捨て置け!

 

 一学期、海山は部活、勉強ともに、自分でもびっくりするくらい頑張った。夏木の言う通り、最初は練習がきつかった。帰宅するなり生気がなくなり。グッタリした日が続いた。元気が無くてちっともスポーツマンらしくないぞ、そのうち体こわすぞ、と父も危惧するほどだった。でも毎日耐えに耐えていたら、ある日ぐっと練習が楽になった。そういう体になったのだ。

 以後、夏の地区総合体育大会(総体)までに、1年生の中では1日も休むことなく1番多く練習に出た。

 

勉強は家では睡眠時間を削って頑張った。

 ある日、クラス担任女性教師の大島先生は、

「夜勉強を頑張っている人たちも最低6時間は睡眠取るようにしてください。それ以下では、まだあなたたちには無理です」

 

 一学期も終わるころ、夏の総体の運動部への壮行会の日。教室で大島先生が、

「海野、すぐ職員室に行きなさい。背番号入りのユニホームが待っているぞ」

「駆け足!」

クラスの1人が激励の号令。

職員室からユニホームとともに戻ってきた海野をクラス中が歓迎した。

「海野、部でも一番体小さいのにすごいね!」

「俺にも少し着させて!」

隣のクラスの少し練習サボり気味だった木崎が吉報を聞いて、やって来た。

「海野すごいな。背番号15か! お前真面目に練習出ていたから、高く買われたのかな」

「でも、試合出場は無理かも、俺はシートバッティングもノックも受けていないし」

廻りにいた女子が、背番号なしの練習用ユニホーム姿の木崎に、

「あーあ、お前は~ダメだ!」

と茶化した。

一年生で貰えたのは海野の他はレギュラーになった小木だけだ。

ユニホーム貰えなかった夏木は、このころから海野を少しずつ認めるようになった。

  

 その夜、家でユニホームの件を両親に話した。両親は喜び、

「今度の総体はT市のあの立派な市営球場だろ、観に行くよ」

「やめて! まだ1年だし試合には出ないよ」


総体直前のミーティング。霜月監督が一通りの話が終わり、

「海野、試合では伝令に行ってもらうぞ、コケるなよ。それと試合までにスイング怠るなよ、状況によっては代打に出すぞ」

 

やがて試合当日、真夏の総体の熱気。プレーポール前の両チーム整列が終わり、一年生の、後にキャプテンとなる中西が海野に向かってベンチを指さした。俺たちはベンチの外で声出しだが、お前は先輩と一緒にベンチに入れ、という意味だ。

 だが海野はここで大失態を起こしてしまう。

人並み以上に遠慮してしまう性格が災いした。

背番号のない彼らに悪いとでも思ったのか?あろうことか、彼らと一緒にベンチの外での声出しに甘んじてしまった。

 そのとき、試合を終えた同じ中学の女子バレーボール部の子たちがベンチの上、スタンド席の前に応援に来た。丁度声出しの1年生たちの真上だ。

皆に交じって海野がヤジを飛ばしたら、

「海野君、もうちょっと大きな声で」

海野と同じクラスの溝村美紀だ。

 やがて接戦の末、チームは2対3で敗北。3年生の夏は終わった。もしベンチに入っていても海野の出番は果たして? でも監督をがっかりさせる行動は悔やまれた。


季節は巡り、秋になり生徒会本部役員選挙の時期になった。大島先生が、

「クラスに生徒会本部役員書記に推したい人はいますか」

書記の男女1名ずつは、1年生から選出だ。

「海野だ! 成績もまあ、良いし」

「でも、ここぞというとき、自分の意見を言えないと駄目だよ」

と、先生は慎重だ。

「海野なら言えるよ、問題ない」

皆に持ち上げられる海野を先生は心配そうに、

「海野、自分でやってみたいのなら良いけど、嫌なら、はっきり断りなよ」

「やってみようかな」

海野はちょっとした気まぐれに、尽す何かを始めたいと思っていた。

 

 その後、応援演説をしてくれる先輩へのお願いはクラスメートが行い、学校生活の傍ら、選挙の準備をする日々となる。

只、女子は推した人が断り、立候補者が決まらない状態が続いた。

 

 選挙演説当日が来た。海野は快活な先輩の応援演説、他クラスのライバルたちが上級生に評判が良くなかったこと。童顔の海野が演説の最後に一瞬見せたスマイル。それらが功を奏した。

 女子立候補者が決まらず、たまたま風邪で休んでいた溝村美紀に白羽の矢が。

 海野も珍しく先頭になり、溝村を推した。

溝村は自宅への緊急連絡を快諾し急遽登校して、ぶっつけ本番で演説することに。熱が下がったばかりなのか、顔を赤らめていた。

「急だったね、大丈夫?」

「うん、海ちゃんの相方になれたら良いね」

演説に臨んだ。

「清き一票と言わず、清きたくさんの票を」

この一言が効いたらしい。

同じクラスから書記が2人誕生だ。

会長1名、副会長2名、会計2名は上級生、計7名での生徒会本部役員だ。

この秋から1年間、海野と溝村は共に書記を務めることとなる。

 

仕事も慣れたころ、性格も知れて副会長が、

「海野君は大人しいね」

すると溝村は

「うん。海ちゃんは大人しい。でも、たまに喋りだすと凄く面白いよ。あと、野球グラウンドでは、すこぶる元気だよ!」

「えー! グラウンドではそんなに元気なの?」

 

溝村は、持ち前の可愛いらしさと気の強さを併せ持つ、イケてるグループに君臨する女子だ。半面、一部の目立たない男子には、

「すごく可愛いけど、きついこと言うから絶対嫌だ、怖い、苦手」

実は海野も秘かに苦手に思っていた。

でも、彼女に評された弁護の一言は、彼の今後の人生の指針となった。


 ある日生徒会室でたまたま、海野と溝村は二人きりになった。文書をまとめながら溝村は

「夏の大会だけど、何故海ちゃんは背番号付けていたのにベンチの外で他の1年と一緒に居たの?」 

「1年だから、と思ってしまった。でも! あのとき、そう思っていたなら言ってくれれば」

 海野はハッとした。口が滑った!

「はぁー? 私のせい? そんなの自分で判断することだよ! 新チームになってから小木の他に夏木や中西も試合に起用され始めているのに、未だにアンタは試合出ていないみたいね」

「す、すみません」

「男が簡単に謝らないで! 相変わらず意気地がないな。それとボソボソじゃなくて、もっと大きい声で喋ってよ!」

 このままでは海野にとって辛い時間を過ごすことになってしまう。でも溝村は海野の対面の席から海野の隣の席に回り込んで移り、顔を近づけ海野の横顔に向かって

「ふーん、辛うじて鼻がリードしているね」

更に猫なで声で

「ねぇ海ちゃん、お金貸して。なぁーに、たった5千円だよ、」

 海野は一寸迷ったが、この空気から逃れたかった。

「そのくらいなら、良いよ」

「良いの! 男だね! それじゃあアナタの家に県道から畑道に登る側で土曜日の夕方受け取りに。ヨロシク」

 溝村はたいそう上機嫌だ。

実はバレーボール部は人数不足で廃部となり、

今、溝村は帰宅部だ。



 海野は辞典を買いたいと、父から五千円を頂いた。

そして土曜日の夕方。海野の家は県道から細い町道を2m程登り、畑を横目に50m程奥に進入した所にある。更に町道を奥に行くと、県道から現状あぜ道になっている畑が町道に合流し、そこからも自宅に入れる。そのあぜ道の県道側の坂が待ち合わせ場所だ。自宅からは少し距離があり死角になっている。海野は親の目を気にしながら向かった。

 溝村は既に来ていた。

「畑に囲まれて良い所だね。ありがとう」

と言って金を受け取った。何と夏木も一緒に居た。

「よっ! 海野」

溝村は夏木を指さして、

「あー、こいつは気にしないで」

「それじゃ」

2人と別れた。バイクの立ち去る大きな音が響いた。やはりな。

親には気付かれていない筈。


だが甘かった。家に戻ると父が

「今の2人は誰だ? 5千円はどうした? 脅されたのか?」

すっかりお見通しだ。海野は観念して

「貸しただけ、ちゃんと返してくれるよ」

「あんなにコソコソと。カツアゲと変わらん。お前、五千円稼ぐことがどんなに大変か、分かっているのか?」

母も心配そうに、

「なんか様子がおかしいとは思っていたのよ」

「1週間以内に返してもらえ!」

父は土建屋に努める職人で和彦とは違い、結構強面なのだ。和彦は憂鬱になった。果たしてあの2人? から取り戻せるのか。かえって厄介になってしまった。


月曜日、良い天気。ベッドで目覚めた海野は、太陽とともに昇る憂鬱。ロックシンガーの歌の歌詞と同じ気分だ。

 朝練が終わり、教室に入る。休んでくれないかなぁ、と願ったが溝村は取り澄ました様子で席に。

「あの。溝村さん」

彼女は不機嫌そうに、海野を睨んだ。狐顔の吊り上がった眼。

「なに?」

「五千円だけど、貸したことが親父に見つかってしまって、あの、その、今週中に返して欲しいのだけど」

「えっ、そんなに早くは無理だよ。急に言われても困るのだけど」

 2人の会話を聞きつけて、ガラの悪い仲間と談笑していた夏木もやって来た。

「どうだ海野、月5百円ずつのローン、10ヵ月払いで頼むよ」

困惑した海野を見て、溝村と夏木は顔を見合わせて含み笑い。

その態度に海野は心にどす黒いものが。

こいつら、何を笑っていやがる!

ここで抵抗しなければ、これから延々に舐められてしまう! パシリにされる!

「てめぇー!! 金返せよ! 俺の言った期限内に返せよ! 当たり前だろうが! このクソガキどもがー! 夏木、てめぇーは、ろくにグラウンド整備もしなかったくせに、なに試合出ているんだよ。舐めるな! 何様のつもりだ」

その剣幕、圧にさすがに2人は一瞬怯んだ。

クラスも一瞬でしーんとなった。

だが、

「それで良いんだよ。俺がグラウンド整備さぼったの気にしていたんだな。言いたいこと言えたじゃないか」

「凄いー! ドスのきいた大きな声出るじゃない。はい」

そう言って、溝村は5千円を渡した。

海野はまだ唇が震えていたが、妙な安堵感を感じていた。存外悪くねえ奴らかも。

自身、ひと皮向けたのか。

目の前にレッドカーペットが引かれた気分だ。


あの夏の大会の日。実は父はスタンドに来ていた。そして息子の有り得ない行動。息子に声を掛けた溝村に目を付け、隙をみて

「あなたは見込みがある子だ。秋口になったら、あのバカのために一芝居打ってくれないか? 親バカで申し訳ないが。このままでは遠慮して人のために生きてしまう人生になってしまう」

話の中で、溝村が夏木と親しいのも知り、夏木も巻き込まれた。

5千円の筋書きは父が考えた。

強面も多少は手伝ったが溝村は

「和彦君には生徒会選挙で御世話になったので良いですよ」

夏木は

「和彦君を見ていると、大変勉強になります。人を見かけで判断したり、能力を侮ったりしたら自分に返ってくるとか。良いですよ」

意外と思慮深い。

 海野和彦の知らないところでの劇中劇だった。


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イケてる奴ら、存外悪くない 紫空勝男 @murasakisky1983katsuo

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