第30話 一人目

 しかし改めて会場を見てみると、絢爛さに驚いてしまう。

 大声を出しても端から端まで届かないだろう広さのそこは、多くのテーブルと料理、飲み物で彩られている。

 テーブルクロス一つを取っても、見て分かるきめ細やかさが高級感を象徴している。

 料理もミリエラの知らないものばかりで、温かいものも冷たいものも全て新鮮で美味しそうだ。

 飲み物に至ってはどれも透き通ってキラキラしているなぁ……と言うことくらいしかわからない。


「……食事を取りに行こう」

「あ、はいっ」


 ぽけーっとするミリエラをリードするようにイクスがさっと先陣を切る。

 デューイはと言うと、早速他の貴族に囲まれてしまっていた。

 近くのテーブルでローストビーフを切り分けてもらうと、すかさずウェイターがグラスを持ってきた。


「本日はこちらのシャンパンがオススメでございます」

「ミリィ、酒は飲めるか?」

「えっと……多分?」


 飲んだことがないのでわからない。

 が、ロクスター王国では十八歳から成人であり、ちょうど十八のミリエラは飲むこと自体は違法ではない。


「ふむ。では貰おうか」

「承知致しました」


 細長いシャンパングラスに、淡い黄金色の液体が注がれていく。

 しゅわしゅわと言う音を聞いていると、無性に喉に通したくなってくる。


「では、乾杯」

「か、乾杯っ」


 爽やかな香りだ。

 好奇心に負けて一気に口に入れると、炭酸が弾けて暴れる。


「けほっ、けほ」

「一気に飲まない方がいい」

「す、すみません……初めて飲んだものですから……」

「そうだったのか」


 炭酸が落ち着くと、ようやく舌が味を感じ取る。

 軽やかな果実味だ。炭酸がなければ飲み干してしまっていたかもしれない。


「お、美味しい……!」

「それは良かった」


 イクスの口角が上がる。

 彼に釣られてローストビーフも口にすると、肉のジューシーさと甘辛いソースの旨味が繊細なバランスでハーモニーを奏でた。


「~~~!」


 声にならない声が出てしまう。

 到着するまではあんなにガチガチだったのに、その緊張もどこへやらだ。


「イクス。元気そうじゃの」

「ゼナヴィスさん」

「はっ」


 ゼナヴィスさん……と言うことはこの方がゼナヴィス・レーン!

 リーファから教えられた、『絞り込んだ三人』の一人だ。白髪に白髭を蓄えた老紳士の彼は、穏やかな口調にも関わらず佇まいに一切の隙がない。

 食事を楽しむのを一旦脇に置く。


「そちらの茶髪のお嬢さんは?」

「親戚です」

「お初にお目にかかります、ゼナヴィス様。私はミリィ・ナイトヴェイルと申します」

「これはご丁寧に。儂はロクスター王国魔術騎士団の顧問をさせて頂いておる、ゼナヴィス・レーンと申す者だ」


 ミリエラの礼に合わせ深く礼をするゼナヴィス。


「しかし、お主が社交の場に姿を見せるのは珍しいのう」

「……俺も、たまには出ます」


(イクス様が敬語を……!)


 王太子にタメ口を使うので、いささか敬語が新鮮に見えてしまう。


「ほほほ。たまには羽根を伸ばすのも仕事のうちじゃ。うまい飯と酒をたんと食うが良かろう」

「はい。そうするつもりです」

「まぁ……仕事で・・・来ているのかもしれんがな」


 一瞬、ゼナヴィスの目つきが鋭くなる。


「それは秘密です」

「ほっほほ」


 柔らかな口調で返すイクス。それを聞いてゼナヴィスも雰囲気を和らげた。


「では儂は他の者にも挨拶をしてくる」

「はい」

「おっと。その前にお嬢さんに一言」

「え、はいっ。何でしょうか……?」

「あえて詮索はせんが、ちょーっとじろじろ見過ぎじゃのう」

「えぇっ!? も、申し訳ございません……っ、あの、そんなつもりは」

「ほほ。大丈夫じゃよ。老婆心からの助言じゃ」

「あ、ありがとうございます……」


 そう言って、ゼナヴィスは手をひらひらとさせながら他のテーブルへ向かっていった。

 ……通りがかったウェイター全員から酒を貰いながら。


「す、すみませんイクス様……」

「良いんだ。ゼナヴィスさんは鋭いお方だからな。無理はしないでいい」


 それと、とイクスが小声で続ける。


「今は親戚だ。イクス様、は良くない」

「そそそそうでした……! えと、イクス、さん」


 そう言ってから、しまった、と目を見開くミリエラ。


「さっきデューイ殿下の前でイクス様って言ってしまいました……」

「…………まぁ、あいつは気づいてそうだから良い」

「そ、そうですか……?」

「ああ」


 扱いが雑な気がするが、そう断言されては反論の余地もない。

 新たに取り分けたサラダをもしゃもしゃと口にする。


(残りのお二人ともご挨拶しないといけませんね……)


 きりりとした酸味の効いたドレッシングに舌鼓を打っていると、早速二人組が近づいてきた。


「これはイクス殿。お久しゅうございますな」

「元気そうで何よりだ」


 イクスが軽く礼をする。


「……こちらこそ、お久しぶりです。ゴドール宰相、シュミットさん」


 なるほど。この二人がゴドール・エルコビッチ宰相と、シュミット・ミラー伯爵。


 って……、この二人組がまさかの、残りの二人?!

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