第27話 闇と

「ふぅ~」


 イクスが出ていき、部屋に一人。

 ミリエラは一旦頭を落ち着かせようと、ベッドに横になった。

 視界には少し見慣れてきた天蓋が目に入る。

 この一週間でリーファやイクスからメイドの仕事や魔術について色々教わっていたので、あまり休む暇はなかった。

 と言ってもミリエラが自ら願い出たことなので、充実した時間ではあったが。


 久しぶりにベッドの感触を味わってみようと、目を瞑る。


 ふかふかの感触。

 心地よい空調と明かり。

 整えられた服……。

 どれも、つい一週間前までは考えられなかった。


「……これは、本当に現実なんでしょうか」


 社交の場に赴くことを決めたことでエネルギーを使ったのだろうか。

 ふと、不安がよぎる。

 暗い思考が、よぎる。

 十三年に渡る長い幽閉生活は、彼女の心に深く根を張っていた。

 それは、たかだか一週間で払拭できるようなものでは、到底ない。


 ふっと眼前に湧いた暗く黒い人影の幻が、己の声で囁きかける。


 あなたは今――


 幽閉生活と上辺だけの婚約から傷つき過ぎた心を守ろうとする反動で、目の前に湧いて出た"信じられそうなもの"にただ飛びついているだけ。

 誰かのために、と言い訳することで自分の心を守ろうとしているだけ。

 心の底では何も信じられていないくせに――誰かのために体を張れることが存在意義? 笑わせないで。

 偽善者。

 そもそも、ナイトヴェイル家あの人たちが信じられるだなんて、本当に思っているの?

 悪魔の目の色をしたあなたを、本当に、家族だと、思ってくれているのかしら?


 都合が良すぎるとは思わないの?


 もう、わかっているでしょう?

 そうよ。あなたは、折を見て、捨てられるのよ。


 その後は、生き地獄でしょうね。

 永遠の苦痛の中で、あなたは朽ち果てるの。


――


――――


「ち、違うっ!」


 ばっと飛び起き、堕ちた声を振り払うようにぶんぶんと頭を振るう。


「リーファさんたちも昔辛い経験をしたって……。内容は、聞いてないですけど」


 自分が幽閉生活のことを詳しく話せていないこともあり、相手にだけ過去の傷を晒せとは言えない。


「いけないいけない、せっかくお役に立てるチャンスなんですから、ちゃんとがんばらなきゃ」


 ぱし、と頬を叩いて気付けをする。

 頬に響く軽い痛みは、これまで受けてきた暴力の痛みとは違う。


『本当は誰にも、危険な目に遭ってほしくないんだ』


 先程のイクスの声が、イクスの表情が、浮かぶ。

 リーファの、セラの、ミリスの顔が浮かぶ。


「私は……」


 眼差しに光が戻る。

 まだ、話せていないことは多い。聞けていないことだって多い。

 だけど。


「信じたい」


 触れてきた温もりが嘘だとは思いたくなかった。

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