第26話 イクスの本心

 解散し、自室で報告書を読んでいると、扉がノックされる。


「はい」

「イクスだ」

「えっ、イクス様?」

「今、良いか?」

「はいっ、もちろんです」


 静かに扉が開き、イクスが入ってくる。

 相変わらずの無表情だが、何かを気にかけているようだ。


「読んでいたのか」

「はい」

「どう感じた?」

「そうですね……」


 一週間以上に及ぶ調査で出された報告書と言うこともあるのか、その内容は緻密で、状況の考察にも唸らされるところが多かった。

 要旨を読むだけでも、セラとミリスは遥かに知的で優秀だとわからされる。


「二人とも、すごいです」

「優秀だからな」


 思わず感嘆の言葉が漏れてしまったが、イクスは微笑を湛えながら同意した。


「三人には、俺直属の精鋭部隊――シャドウシーカーとして、独自に動いてもらうこともあるんだ」

「はい、それはリーファさんからちょっと聞きました」

「いつも助けられている」


 少し複雑そうな声だ。


「今回は、私もその一員になれるんですよね?」

「それは……」


 口ごもるイクス。意図を読みきれなかったミリエラは不安を覚えた。


「あ、あの! 私はまだ来て一週間くらいですし、まだまだ未熟なところも多いですけど! それでも、お役に立てるなら立ちたいんです!」

「そうじゃないんだ」

「?」


 困ったような表情のまましばらく考え、訥々と語りだす。


「本当は誰にも、危険な目に遭ってほしくないんだ。……リーファは子供の頃からずっと俺の右腕として動いてくれていたし、セラとミリスもそれに続いてくれた……」


 ミリエラを見据えるその目には、感謝と不安が綯い交ぜになっている。


「昔の俺は力不足だった。だが今は、ようやく皆を守れるくらいの力は手にできた」

「イクス様……」

「だから本当は、シャドウシーカーはもう解散して良いと伝えたかったんだが、なぜか、上手く言えなくて……」


 そこで口ごもってしまう。

 自分の気持ちを自分で把握できていないようだ。


 全てを軽々とこなしていそうな凛とした佇まいなのに、こんな人間的な悩みを持っていたのかと、ミリエラは驚いた。


「ふふっ、イクス様、お優しいんですね」

「いや、これは主人としての責任でもあるし――」

「それだけなら、そんなに悩まないですよ」


 そう言ってミリエラは、にこりと破顔してみせた。


「今回のパーティ、同行させてください」

「だ、だが。危険を伴わない保証はないんだ。無理をする必要はない」

「私、ずっとイクス様の近くにおりますから」

「だが……」

「必ず、守っていただけるんでしょう?」


 ちょっとイジワルな言い方になってしまった。

 だが、あまりにもメイドたちを気遣う彼の様子を見ていると――少し発破をかけたい気分に駆られてしまったのだ。

 それに乗せられたのか、イクスの表情から迷いが消える。


「あぁ、もちろんだ。俺の側にいてくれ」

「ふぇっ、あ、は、はいっ!」


 しまった。

 あまりに凛とした眼差しに、動揺してしまった。

 せっかく格好つけて発破をかけてみたのに、しまらない……。


 僅かに赤らむ顔でイクスと目が合うと、どちらからともなく微笑み合った。

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