殉教者ウィヌシュカ・バエル

谷尾銀

【00】ウィヌシュカ・バエルについて


 アッシャー王国はかねてより東方よりやってくるグンガリ族の侵攻に悩まされていた。

 そして、それは王国が滅びる三十年前。

 最後の国王であった“アッシャーの金獅子”にして“愚王”オットー・ウェストリアス・アッシャー七世率いる王国軍と、グンガリ氏族連合による大規模な戦いが東のアダマンス平野一帯で幕を開けた。

 結果から先に述べるならば、王国軍はグンガリ氏族連合をアダマンス平野から、更に東の果てに広がるガダス大湿原の彼方まで追いやる事に成功する。

 しかし、この戦いは苛烈を極め、アッシャー王は第一王子のライオットをうしなってしまった。一方で多大な武功をあげたのが、若き日のウィヌシュカ・バエルである。

 当時の彼は急逝した父親の家督を継いだばかりの若輩であったが、その胆力は本物であった。少ない手勢を率いて敵陣に夜襲を掛け、混乱におとしいれる。その最中、グンガリ氏族長の一人を討ち取るという大金星をあげた。

 結果、ライオット王子を喪い消沈していた王国軍の士気は再び盛り返して、グンガリ氏族連合から勝利をもぎ取ったのだった。

 その功績を称えて、ウィヌシュカ・バエルはアッシャー王の血縁にあたるカトリーヌ姫をめとる事となった。更には、そのままグンガリ族から奪い取ったアダマンス平野一帯を領地として引き継ぎ、伯爵から公爵への陞爵しょうしゃくを果たす。

 彼はグンガリの再来に備えて、自らの新たな領地と隣接したガダス大湿原の縁に城壁を立てると、戦争で荒れ果てたアダマンス平野を良く耕した。

 更には近辺の山々に古くから住んでいた友好的なドワーフ族と交流し、彼らの技術を学んで魔法道具マジックアイテム製作を領内の産業として成り立たせた。

 以上の功績によりバエル公の領内は富み、ひいては国庫を大きく膨らませる事となった。

 このようにウィヌシュカ・バエルは、まさに文武両道であり、魔王殺しの英雄であるナッシュ・ロウが出現するまでは、アッシャー王国一の傑物として広くその名を知られていた。

 アッシャー王からの信頼も厚く、王はバエル公を息子のように思っていた事は有名である。歳の離れた娘であるレモラ王女がもう少し早く生まれていたならば、バエル公を婿に迎えたかったと、周囲に漏らしていたのは有名な話だった。

 公もまたアッシャー王への絶対の忠誠を誓い、東方のグンガリ族のみならず、近隣諸国に睨みを利かせ続けた。

 バエル公の影響力は国外においても大きく、魔王クシャナガンの闇の勢力が台頭し始めた暗黒時代にあっても、アッシャー王国のような小国が生き残れたのは、彼のお陰であった事は言うまでもない。

 しかし、ウィヌシュカ・バエルは突如として反旗を翻す。

 当初は魔王の呪いにより荒廃しきった王国や、その現状に対して何もしようとしなかった王や勇者ナッシュ・ロウに愛想をつかし、民衆のために立ち上がったかに思われた。

 だがバエル公の軍勢が王都プルトで成した所業の数々は、そんな義侠心ぎきょうしんとは無縁の蛮行であった。

 彼はけっきょく本陣を襲った謎の火災により、この世を去った訳だが、なぜバエル公は突如として王国に反旗を翻し、魔王すら霞む鬼畜の所業を行ったのであろうか。

 なお、焼け跡から発見された彼の日記には、以下のような序文が書き記されていた。


『私は幼き日より英雄となり、歴史に名を残し、永遠に語り継がれる事を夢見てきた。そして本日一つの節目を迎えたのを契機に後世の者に書き記す。これは私、ウィヌシュカ・バエルの嘘偽りなき半生の記録である』

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