#43 届かない声
もちろん西郷にも、
「来週の土曜日あいてるか?」
と順は聞いてみた。しかし、
「いやあ、俺も色々あってなあ」
ははは、と嬉し気に高笑いする西郷の様子はどうせまたデートに決まっているので、邪魔をしてはいかんな、と彼はそれ以上何も言わなかった。
そういうわけで当日の土曜日、西郷副部長を除いた北高校パソコン部の三人は、集合場所であるJR緑町駅にそろってやってきた。
一方の南高校側は、横山くんと鈴木新部長に山岡先輩、それに一年生の男子部員。直子さんが駄目だったらしくて全員男子だが、まあそこまでは良い。
問題は、あの城崎前副部長が暑苦しい長袖のワイシャツ姿で、改札口の前に立っていたことだった。順たちの姿を見つけた城崎さんは、なぜか勝ち誇ったような笑顔を見せた。
「……おい、おい。どういうことだよ、あれ」
順は、横山くんに小声で訊ねた。
「城崎さんなんか呼んでへんよ、もちろん。そろそろ僕らが泳ぎに行くはず、と思って、駅前で張り込みしてたらしいんや、あの人」
大学浪人中だというのに、すごい執念である。「夏は受験の天王山!」と、駅前の予備校のポスターも強調しているのだが。
「僕らがそちらの実紅ちゃんを呼んだのもばれてたみたいで……。うかつやったわ。去年みたいに全員男子やったら来なかったはずやのに」
ここで、順も気づいた。横山くんたちが北高校側に声をかけてきたのは、どうも本当は実紅ちゃんが目当てだったのではないか。男子ばかりの水泳大会だったという、昨年の二の舞を避けようとしたに違いない。全く、油断も隙もあったものではない。
しかしまあ、彼女のおかげでこうして自分たちも呼んでもらえたのだから、ここはそれで良しとしよう。問題は、夏っぽい白いワンピースを着た実紅ちゃんのことを、早くもガン見しているあの城崎さんだ。あんな人をこのままビーチになど連れて行ったら、何をしでかすか分からない。
「城崎さんをどこかで撒こう。それしかない」
「それしかあらへんね」
順と横山くんの意見は一致し、鈴木部長と山岡先輩も強くうなずいた。ビーチに城崎さんは不要である、という点について、誰一人異議を唱える者はいなかった。
やってきた区間快速にみんなで乗りこみ、湖へと向かう支線への乗換駅で降りたその時、絶好のチャンスがやってきた。
「悪いな、君たち。僕はちょっとトイレに行ってくるよ。いや失敬、レディーの前でトイレなんて単語を出すのはマナー違反だねぇ。ちょっと日課の瞑想をしてくるよ」
意味不明な言葉と共に、粘っこい笑顔を実紅ちゃんに向けた城崎は、コンコースへの階段を駆け下りて行った。その時ちょうど、エンジンの爆音を立てながら、ホームに次の列車が入ってくる。
「さあ、みんな乗るよ」
躊躇なく、鈴木部長が列車に乗り込み、全員がその後に続く。発車は五分後だ。
「あの、瞑想に行かれたあの方は……」
自分自身が「その方」の被害者になる可能性を自覚していない実紅ちゃんが、ホームを振り返って心配そうな声を出した。
「あの人は、瞑想に入るとしばらく現実世界には帰って来はらへんからね。さっきのは、邪魔されたくないから先に行ってて欲しいっていう意味や」
城崎の意味不明のセリフを逆手にとって、横山くんがでたらめを言った。不思議そうな顔をしつつも、そうなんですねと実紅ちゃんはうなずいた。
ホームに発車ベルが鳴り響き、ドアが閉まった。ディーゼルエンジンのうなり声と共に、列車がゆっくりと動き始める。
その時、城崎さんがホームに飛び出してくるのが、車窓の向こうに見えた。まさにぎりぎりのタイミング、ほんのちょっと発車が遅れれば、この列車に乗り込まれてしまっていたところだった。
ホームで何か叫ぶ城崎前副部長、しかしその声はエンジンの音にかき消されて、順たちの耳には決して届かない。
(#44「湖畔のリアルマーメイド」に続く)
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