PC-1987 ~弱小パソコン部のデジタルな青春~
天野橋立
第一章 ようこそ、8bitの世界へ
#1-1「思い出の木」の下で
「ごめんね、そういうのじゃないんだ」
小さな顔に困惑の表情を浮かべて、同級生の
そうか、違ったのか。ショックで視点の合わなくなった目で、
「じゃあ、もう会えないんだね」
そう口にした途端、彼は泣き出しそうになる。駅前のスーパーのフードコートで仲良く一緒にクレープを食べたり、同じくスーパーの屋上にあるミニ遊園地で二人で遊んだり、あの輝ける夏の日々は何だったのだろう。付き合っている、それ以外には考えられなかったのに。
「それは……
友達として一緒にスーパーに遊びに行っただけで「付き合ってる」と思われてしまった彼女は、戸惑っていた。「もう会えないね」とか言われても、どうして良いか分からない。
しかし順は、こう考えた。彼女は寂しそうな様子を見せている。ということは、まだ可能性があるのではないか。素直というか、単純な性格なのである。
「また、二人で会える?」
最後の期待を込めて、彼は声を振り絞った。
「うん、もちろん。一緒に学校から帰るくらいなら全然いいよ」
葵ちゃんは明るくそう答えた。
一緒に学校から帰る、だけか。
そんなのでは、付き合っているとはとても言えない。さすがの彼にも、それくらいは分かる。がっくりと肩を落とした順の足取りは、鉛の靴でも履いているかのように重かった。
彼が通う高校の正門に続く、川沿いの並木道。楓の葉っぱが早くも色づき始めていて、無駄にロマンティックな雰囲気を振りまいている。
こんな場所を、片想い確定の女の子と二人で歩くなんて拷問に近い。ちょっと用事があるから、と言って彼は一人で帰ることを選んだ。
夕焼けの空を、カラスが鳴きながら南の空へと飛んで行った。冷たい風に吹かれて歩いていると、ひどくみじめな気分になってくる。
こういう結果を予定していたわけでは全然なかった。丘の上に
半年前の四月、念願かなって入学できた緑町北高校。同じクラスで隣の席になったのが、河瀬葵ちゃんだった。特別美人というわけではないけど、水泳部所属でいつも明るく元気、笑顔がかわいい
彼には、特に見た目が格好良かったり、成績優秀だったりという目立つ点はない。清潔感はあったが、時折髪に寝ぐせが残っていたりと、どこか抜けているところもあった。モテる要素はないが、その緩い感じが女子から見て話しかけやすい相手に思えたのかも知れない。
まさに人生最大のラッキーだと、彼は舞い上がりまくった。夏休みに二人で会って駅前でデート――だと彼は思っていた――したり、夢のような日々が続いたのである。
そしてこうして秋が来て、「僕たちつきあってそろそろ三か月だよね」とか余計なことを口走って、そしてすべては崩れ去った。まあ、そういうわけだった。
校舎裏の丘の上には「思い出の木」と呼ばれているクスの大木が立っていて、卒業前にここで記念写真を撮るのが定番になっている。それが、まさかこんな残念な思い出の場所になってしまうとは。
「おーい、
背後から、誰かが彼の名を呼んだ。
振り返ると、彼が中学時代に入っていた図書部の先輩、山岡さんが早足で近づいてくるところだった。
山岡先輩は緑町南高校へ、
しかし彼は、内心ため息をついた。今は、男の先輩などと話をする気分ではない。こういう時は、元気で微妙にかわいい幼馴染の女の子、とかがいいのだ。
「今、帰りなのか? 結構遅いね。君も部活か?」
そんな彼の気持ちなど知らず、山岡先輩はフレンドリーに話しかけてきた。眼鏡のレンズの向こうの目が妙に嬉し気で、馬鹿にされているような気がする。すっかり被害妄想モードだ。
「……いえ、ちょっとプライベートな用事で」
遅くなったのは、丘の上で振られていたからだ、とはもちろん言わない。
「どうしたんだ、今日はずいぶんネクラじゃないか、太川。失恋でもしたのか? なんちゃって」
山岡の放ったギャグは、これ以上ないくらいにタイミングの悪いものだった。
(#1‐2「撃ち抜かれた心」に続く)
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