扉の先へはもう届かない

@kurotorikurotori

第1話 扉から出てきた男 

 冷たくて硬く重い、鉄の扉。マンションの玄関扉。



 いつからこの扉は、こんなにも俺を拒絶するようになったのだろう。


 インターフォンは来訪を響かせるが、応えはない。


 非常階段で反射する眩しい西日のなか、指に掛けた6缶パックのビールが重く食い込む。


 たっぷりと間を取って、疑いのない不在を確認。じっとインターフォンを睨む。


 ……諦めて、踵を返したところで、不意にガチャッと解錠の音が弾み、不在の部屋の扉が開いた。


「駄目だろ 宇崎うざき隆宮りゅうぐうくん! 僕たちは高校生なんだ! ビールなんて持っていたら、ご近所さんから不良だと疑われてしまうよ!」


 室内短距離走か、少し息を乱した生徒会の副会長が、半分開いた扉から顔を覗かせると、

 登壇のスピーチで慣れたような大声で、俺のフルネームを添えた「余計なこと」をのたまう。


 この部屋は彼の家ではない。


 だけど彼が顔を出しても不思議とも思わない。

 扉に向き直り、俺はビールを突き出しながら告げる。


「お母さんに渡してくれ」


「僕の母に?ハハッそんな訳ないよね!

 あぁ!この家に住む女子高生のお母さんだ!


 うーん、でも僕の方で処分した方がいいよね?

 大丈夫!事情は判ってる。任せてよ!


 ……あと、僕の義母にする気はないんだ。内緒だよ」


 ニヤついた顔と最後の小声に、こんな奴だったかと反吐が出そうになる。


 大声は当然、中に居る人物に聞かせる為だろう。

 思わず表情が硬くなるのを感じるが、無駄な会話は更に不毛だ。

 用件は終わった。と、俺は再び踵を返して歩き出す。


「僕好みの銘柄じゃないんだ。プレミアム系にって伝えて!」


 そう。高校生の俺にビールは買えない。

『買ってくる母に伝えろ』という意図に、

 挑発されないよう、心を固く絞る。


 結局、部屋の住民は顔を出さなかった。


 分かってはいたが、俺の幼馴染みの、


 彼女の顔を見ることは出来なかった。


 ***

 **

 *


 新築マンションの中層、4階と5階に、俺と彼女は小学校に上がるタイミングで引っ越してきた。


 上が彼女の家。下が俺の家。

 同じ間取りで、上下の同じ部屋が子供部屋となった、お互い一人っ子。


 土地勘の無い子供同士の同級生で、学校でも支え合いながら、幼馴染みとして家族ぐるみ交流してきた。


 エレベーターから一番遠い部屋で、非常階段ならすぐ近く。

 彼女が部屋の床を固いものでコツコツと、叩いたリズムが伝わり遊びに行くような関係。


 最初の試練は中学への進学時。


 彼女の両親が離婚し、彼女はお母さんが慰謝料として受け取った、このマンションに残った。

 彼女は「離ればなれになることが怖くて」と、泣き、

 俺は「絶対に離れないから信じろ」と慰めた。


 中学で俺はバレー部に所属し、彼女は控えめなインドア少女。

 3年生で「答えの解りきった」告白イベントを成功させた。

 夜遅くまで一緒に勉強を頑張れる環境に助けられ、都立の同じ進学校に合格した。


 春休みには幸せにも、

 初キスからの初体験を済ませて、

 桜を散らした入学式へ臨んだ。


 高校で俺はまたバレー部に入ったが、進学校ゆえのエンジョイ勢として楽しむことを優先した。

 入学試験と内申書で優秀な人材と見出された彼女は、教師の勧めで一念発起し生徒会へ所属した。


 二度目の試練は、まだ4月なのに俺の父親が管理職としての栄転異動で地方転勤。

 さすがに完全リモートとは行かないので、休みとリモートを調整できる母親が、一か月に一週間のサイクルで地方都市へ「通い妻」。大量の料理の作り置き冷凍、大掃除、大物洗濯のヘルプに向かうことになる。


 家族ぐるみ交流のおかげで、その期間の俺の弁当は、彼女のお母さんが用意してくれることになった。

 有り難いことに、実際には彼女が俺の弁当を作ってくれていた。

「通い妻」?……もちろん。


 親同士の交渉で、さすがにギブアンドテイク等価交換は必要ということになり、一週間分の弁当材料費とロング缶のビール6本パックがトレードとして、俺が月イチで届けることになった。


 お気楽な1年生バレー部員と生徒会で頑張る彼女が、すれ違う前のささやかな幸せは、こんな日常だった。




 ―――――――――――――――――――――

 初作品です。お手柔らかにお願いします。


(追記)

この作品、コメントが「扉」その先が「ネタバレ」になりそうです。

たった7話、10000字未満ですので読了後にまたお楽しみください。

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