第5話

 わいわいと(不本意にも)騒いでいると、隣接するキッチンから『パァン!』という音が鳴り響きました。


「蒼平さん。今の音、なんですか?」


「ラップ音だよ。あ、ラップ音って心霊現象みたいに言われるけど、どこの建物でもするものらしいよ」


「そんなレベルじゃ……」


 パァン!

 パァン、パァン!


「あの、そんなレベルじゃありませんよね。この音量と頻度」


「怖いなら確かめてくれば? なにもないよ」


「…………」


 絶対なにかあるパターンです。でも確かめないと、この先ずっと怖がり続けなければなりません。


 この部屋とキッチンの間には壁がないので、近づいて音の出所を探すだけ。いざとなれば、すぐ近くにいる蒼平さん──は頼りにならないので、花子さんか首無しさんに助けを求めれば良いでしょう。


 あれ、幽霊に助けを求めるとか、感覚がおかしくなっていませんかね、私。


 さておき、キッチンに接近します。風船が割れたときのような破裂音、まさか風船そのものがあるなんてことはないでしょうし、一体なにが──


「…………」


 キッチンの床からが生えてきていました。遊園地で配っているような、可愛らしいやつです。それが宙に浮く前に、ぐにゃりと歪んで破裂し、パァンという音を鳴らします。


 私は部屋に戻りました。蒼平さんが「なにもなかったでしょ?」と言ってきたので、「風船が生えてきて爆発していました」と答えました。


「うん、そうだね。ラップ音って、そういうものだよ」


 そういうものであるラップ音は、立派な心霊現象なのですよ、蒼平さん……。



***



 怖いけど、帰るわけにはいきません。だって好きな人の家に来ているのですよ?


 ラブイベントを一つも発生させずに帰るだなんて、恋の女神様に怒られてしまいます。たとえばふいに手が触れ合ってしまってドキッとするとか──


「乃々おばさん。アルプス一万尺できる?」


「できますけど……包丁は置いてくださいね」


「うん」


 トイレの花子さんと手が触れ合ってどうするのでしょうか、私。


「失敗したら刺すからね」


「はい……」


 確かにドキッは求めていますけど、欲しいのはこういうドキドキじゃなくて……。


 そんな調子で外が暗くなるまで、私は蒼平さんのおうちにいました。



***



 電気がいたり消えたりします。でも蒼平さんに気にしている様子はありません。


 軍服姿のお兄さんが立っていたり、にやにやと笑うお婆さんが座っていたり、それが急にいなくなったり、いろいろなことが起こります。でも蒼平さんに気にしている様子はありません。


「少しは気にしましょう」


「なにが?」


「なにがって──これとか」


 突然、テレビがきます。映像が全体として暗く、どこかのアパートが映っています。


 よく見るとアパートの一室の窓に、髪の長い白装束の女性が張り付いています。部屋の中を覗き込んで見ているようです。


 そして映像にあるアパート。これ、このアパートなのでは……。


「乃々さん、確かめたらダメ。しばらくすればいなくなるから」


 私は、を見ようとして、首無しさんにめられました。


「見たら……どうなりますか?」


「入ってきちゃうし、すごく面倒なことになる。幽霊歴百年は超えていそうだし、礼儀にもうるさそうだし、ちゃんと接待しないといけなくなる」


 とても怖い話でした。あれ、怖い話ってこういうことでしたっけ……。

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