第23話:拷問と女聖騎士




「おいおい……いきなり拷問とかどうなってんだ? オレは一応オーグラムの貴族なんだけどな……父様に喧嘩売るようなもんだけどいいのか……? オレじゃ父様を止められねぇかもしれねぇのに……」


「ぐぬぬぬ、なんだコイツ!! どこもかしかも硬すぎる……目と耳しか針が通らん……うおおおおあ! おら吐け、吐くんだよ!」



 ──ブスブスブスブス。現在聖騎士によって捕まったバスターは彼らの所有する牢の地下にある拷問施設で縛り上げられ、拷問を受けている。拷問官はバスターの爪を剥がそうとしたり、刃物で腹や腕、指を切ろうとしたりしたが、バスターの肌があまりにも硬いため意味をなさなかった。殆どの拷問器具が機能しない中で、唯一有効だったのがバスターの目と耳、陰部への攻撃だった。


それが分かった拷問官はバスターの陰部に集中攻撃、針で刺しまくったが、バスターの異常な治癒能力はその傷をすぐに癒やしてしまうので、この陰部への拷問はバスターにとって陰部は耐久性を上げる修行となってしまった。結果バスターの陰部はとんでもない耐久性を手に入れ、拷問の意味がなくなってしまった。


拷問官は仕方がないので、陰部から目や耳の奥に狙い変え、針を刺しているのだが……すでに繰り返している段階でバスターの目も耳の奥も徐々に硬くなってきている。だから今では拷問官は腕を大きくスイングさせ、その勢いを持って針を突き刺している。そうでなければ針が通らないから。


……なんともなぁ……こうなると拷問官も哀れだ。拷問官も察していることだろう。バスターはもうすぐ目も耳の奥も鍛えられてしまうと。最早拷問は不可能になってしまうと。



 ──パキン!



「あああああああああ!? 嘘だろ! 目が、耳が……針を折りやがった……化け物が……こんなのありえねぇ……はぁ、もうやめやめ、こりゃおらの手には負えねぇ。上位の聖騎士か勇者様でないと無理だ……」



 プライドを完全にズタズタにされた拷問官は泣きながら部屋を出て行ってしまった。そして拷問官が立ち去った後、入れ替わるようにして拷問部屋に入って来た者がいる。


 ──シャアプ。聖騎士にしてウレイア帝国の勇者、バスターに泣かされた女だ。



「……ほんと、とんでもないな。バスター、貴様は本当に真なる勇者なのだな……でなければ説明がつかない。神従主しんじゅうしゅ様は貴様のことを偽物だと言っていたけど……約束通り我々に捕まってくれたお前に免じて、ゴムヒモ博士の身の安全は私が全力で確保しておいた。ヤツは貴様のような拷問を受けることはない……貴様に対する拷問をやめさせることは立場上出来なかったが……私の予想通り、拷問は通用しなかったのなら、それでよかったのかな」


「シャアプ! そうか、ゴムヒモのおっさんは無事なんだな? おっさんの名誉は守られるんだ。いやーよかったよかった……ってあれ? お前、もしかし、オレが拷問されるとこ見てたりする?」


「見ていたが、それがどうかしたのか?」


「えーーーー!? お前、じゃあ! オレのチ●コを見た……ってコトッ!? そんな、オレのチ●コを見て良い女はカトリアだけなのに……なんてこった……」


「何いってんだこいつ……私は女の身で聖騎士の世界を上り詰めたんだ。今まで男共から陰部を見せてくる嫌がらせなんて腐る程経験してきた。その度に全部切り落とさせてもらったがな。だから貴様のモノを見たところで何も思うことはない……思うことはない」


「いやだったらなんで二度言う必要がっ!? 間違いねぇ……オレのチ●コが痛めつけられる所を見て、お前は興奮してたんだ!! 今まで変態男共のチ●ポを切り落としまくって来たんだろ!? だったらそういう趣味に目覚めてしまってもおかしくないだろ!!」



 確かに。



「おい! 勝手に人を変態扱いするなァーーーッ!! ぜぇはぁ……全く……自意識過剰な、どれだけ自分の一物に自信があるんだか……私は貴様に聞きたいことがあってここに来ただけだ」


「聞きたいこと? なんだよそれ」


「貴様は言っていただろう? 真なる勇者としての力が発動してしまったと。あの時、膝から崩れ落ちてしまった私に、何が起きていた? あれはなんだったんだ」


「……あれは……その、言い難いな」


「いい、どうせ私にとって都合の悪いことなんだろう? 別にいい、覚悟はしている。私は神従主様の命令とはいえ、お前を偽物の勇者扱いしてしまったのだからな。そんな愚かな私が、今更取り繕う必要などない」


「オレの真なる勇者としての力は、どうやら人の、正確に言えば意思を持つ存在の意思を強化するものっぽいんだよ。その力でどういうことが起こるかって言うと、そいつの本音だとかエゴ、自分の核となる事への感情が高ぶって、爆発する。オレが思うに……お前は神への信仰心が自分の全てだと言っていた。だからお前はまず間違いなく、オレの力を受けて、最初は神について、神への信仰心について考えたはずだ」


「……っ」



 シャアプがバスターから顔を逸らす。噛みしめるようにして石レンガの床を見ている。



「お前は……神と神への信仰について、深く考えてしまったんだよ。きっとそれは、今まで無意識的に避けてきたことだったはずだ。だけどオレの力を受けて、考えてしまった」


「そうか……やはりそうなのか。私はあの時、神のことを考えた。アレンコード神が自分にとっての全てなら、自分はどこまで神を知っているのか? 神によって自分は救われているのだろうか? それについて考えた……考えたんだ。そうして過去を、自分の人生を振り返った。そこにあったのはただの孤独だった……勇者となり、聖騎士の頂点に立っても、私の心は……幼い頃のままだった。家族と家を失い、もう失いたくないからと強くなろうと努力した。神は人を見ている、私の努力は神に見守られているはずだと、経典にあったから、それを心の支えとして頑張ってきた」


「……もういいシャアプ。それ以上踏むこむと壊れちまうぞ」


「そんな状況でよく敵の心配ができるな貴様は……貴様と私では心の強さが違うな……そう思うからこそ、私は負けていられないんだ。私は今ここで自分の弱さを乗り越えなければ、二度と立てなくなってしまう……だから、止めるなバスター。私には何もなかったんだ……これ以上失わないために頑張ってきたけれど、よくよく考えてみれば、もう失うものなんて何もなかった。あるとすれば私の命一つくらいで、私に生きる意味を与えるモノは何一つ、存在していなかったッ!! う、うぅ、うあ……お前の言う通り、私の近くに人はいた。私が心を閉ざさなければ、友や恋人だって出来たんだろう。でも私は……その手に何も持ちたくなかったんだ、また失ったら怖いから……」



 シャアプの足元に大粒の雫がポツポツと落ちて、石レンガの隙間に水を埋めていく。シャアプは力が強くなっただけ、聖騎士の頂点としての偽りのプライドは、孤独を埋めるのには役立たずで、彼女の人生は恐怖心だけで構成されていたのだろう。失う恐怖、大事を作る恐怖。



「友達は今からだって作れる。お前は面もいいから、すぐにできるよ。お前が心を開けばな」


「そんな慰めなどいらない! 私はもう分かったんだ。神はいない、アレンコードはいないんだ! 私の人生は、努力は全て間違っていた! これ以上希望を持たせるな! 考えれば考えるほど、意味を持たない! 立ち上がりたかったけど、それはもう無理だ……」


「神はいるぞ」



 え!? ばばば、バスター!? おおお、俺の存在が分かるのか!?



「は……? なんで貴様がそんなことを言えるッ!! 貴様が私の信仰心を奪ったくせにっ!!」


「だってオレは今、お前の目の前にいるだろ? だったらこれも、もしかしたら神の導きってヤツかもしれないだろ? お前失いたくないんだろ? でも友達が欲しいんだ。それはつまり絶対に失われない友達が欲しいってことだろ? だったらオレ程都合のいい存在はいねぇだろ? オレは死なねぇ、オレは失われねぇ、だからお前、オレの友達になれよ」


「──っ!? な、何を言って……るんだ。貴様は……私は貴様に何一つ、良い行いをしていない。私がお前にやったのは悪いことだけ、貴様の考えは分からん。どうして私に優しくできる……」


「バカが。お前は間違えただけ、神従主がやれって言ったけど、そもそもの命令が間違ってたんだろ? お前は悪くねぇ、それにお前はゴムヒモのおっさんを守ってくれただろ……? きっとお前は自分が思うよりもいいやつだ。そんなヤツなら、オレが友達になったって、何もおかしくねぇよ。過去は過去だ、大事なのは今とその先の未来だぜ! だってほら! オレとお前はもう友達だし、お前はもう孤独なんかじゃないぜ! もう変わったんだよ! これからも変わり続ける! ずっとずっと良い方にな!」



 ば、バスター……お前ってヤツは……なんてヤツだ……おおん、おおん。俺は涙が出るよ……けどこれ……友達って言ってるけど……このままじゃシャアプはバスターに惚れてしまうんじゃ……ま、マズイ……何がマズイってバスターにはまるでそんな気はないって所がだ……バスターはカトリア以外の女を恋愛対象として見ないからな……


いやカトリアにとっては都合がいいけども……バスターがこの調子で世界を各地を回りだしたら、こういうことが繰り返されてしまうんじゃないか……? やべ……頭痛くなってきた……



 それはそれとして、シャアプはそれからずっと泣いていた。ひとしきり泣いた後、シャアプは無言で拷問部屋を去る。バスターを縛り上げる縄と拘束具を外して去っていった。バスターを縛るものはもう何もないはずだが、バスターはそのまま拷問部屋に居座っていた。なんでだよ!! そんな時だった、異変が起きたのは。



『──バスター? バスター? どこにいるの!? こっちの方かな? こっちからバスターの感じがする』



 カトリアの声が聞こえた。え……? カトリアはこの場にいない、間違いなくいないはずだ……バスターの驚いた表情を見るに、バスターもこのカトリアの声が聞こえるようだ。


これはただの声じゃない……今俺が存在している──俺の封じられた天界にまで、直接響いている。


こりゃあ一体、どういうことだ?




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