闇に屁を放る

羽暮/はぐれ

(前略)

 だからまず闇に、屁をってみなさい。

 

 闇とは、扉を閉ざし、電灯を消した部屋の中でも、濁水だくすいながるる暗渠あんきょの中でも、どこでもよい。

 どこであれ、屁を放れば悪臭が漂うものだ。

 それは、臓物のなかではたらく無数の菌が、食物を腐らしめた腐臭だ。

 食物とは、つまり獲物の死骸。

 屁の臭さとは、死の臭さ。

 そして闇は、その死臭を誤魔化すことなく、きみに伝える。

 いや、あるいはきみは今。

 闇に、屁を嗅がせているのだ。


 闇ときみ

 たった二人で

 放った屁を嗅ぐ――


 光が、そこにってることは、決して出来ない。

 光は、あまりに早すぎるからだ。

 光は、きみの屁を嗅ぐと、嗚咽して、三十万キロ先のカッフェで、焼かれているパイの隙間に潜る。

 光は、死を受け容れず飛び回る、惰弱な粒子である。


 光に、屁を嗅がすことはできない。

 虹に、屁を届かせることは出来ない。

 けれど闇は。

 闇とは、光なき場所を急速に満たしたのち、そこでゆっくりと、こごるものだ。

 闇は、己の意志では動かない。

 闇は、光なき場所に留まる。

 闇は、幾多の死の臭いを嗅いでいる。


 だから闇は、躊躇いもなくきみの屁を嗅ぐだろう。

 そしてきみに、その暗黒をもって、死とはなにかと伝えるだろう。

 

 だからまず。

 きみは闇に、屁をってみなさい。

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