ある男の一夜の戦い
どこかのたいちょー
ある男の一夜
今日の夜は一段と寝苦しい。寝返りをうち、布団と体の間に溜め込んだ熱気を逃がす。
全身を締め付けるような湿気と熱気で私は寝付けないでいた。
幾度目かの寝返り。眠気からか段々と意識も落ち、先程まで煩わしかった熱気もなんだか心地よく感じてきた。
そんなときだった。
甲高い羽音が耳元で鳴った気がした。
まどろみ、沈んでいた意識が一気に覚醒へと引っ張り上げられた。
気のせいだったのだろうか。
感度の上がった耳をすましてももうその音はしなかった。
きっと疲れているのだろう。
ましてあまり匂いが好きではない香で部屋中を燻してさえあるのだ、奴がこの部屋に居るはずがないのだ。
何にせよ私の眠りを妨げる者が居ないのであれば問題はない。
そう、問題は無いのだ。そのような者が居ないのであれば。
再び、そして今度ははっきりとあの甲高い音を耳が捉えてしまった。
同時に覚えた頭が沸騰したような錯覚。
痛みなど気にせず一切の迷いなく私は自らの側頭部をひっぱたく。
この時が今晩の野戦の火蓋が切って落とされた明確な合図となった。
猛スピードで飛び回り、私の耳に不快な羽音を聞かせ、離脱。
これが奴の常套手段だ。
頼れるものは自らの耳だけ。
全神経を研ぎ澄ませ、音の鳴り始めを捉え、叩く。叩く。叩く。
何度叩いたことか。今の私の頬は赤く腫れ上がっている頃だろう。
そんな時だ。
不意に音が止み、私の耳元には静寂が訪れた。
大急ぎでろうそくに火を灯し、私は掌をよく確認した。
潰れ、赤い汁をぶちまけた黒い物が見える。
やってしまった。
私は大罪人だ。
だが後悔は無い。
なにせ私の眠りを妨げる極悪人を処したのだから。
その達成感は後の憂いを吹き飛ばし、私を眠りにさそうには十分だったのだろう。
私は深く、この上ないほど心地よい眠りについたことを覚えている。
ある男の一夜の戦い どこかのたいちょー @hiiragihiiragi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます