文化人形
黒月
第1話
私の趣味は人形収集だ。といっても、いわゆるアンティークのビスクドールなどを買い集めているわけではなく、玩具的な着せ替え人形や、抱き人形をメインとしている。
この趣味を公言するとよく、「怖くないの?」「髪伸びたりしない?」あたりの台詞は耳にタコが出来るほど聞いた。しかし、この趣味の界隈は少し変わっている人が多く、どこか「人形の怖い話」に寛容な空気感すらある。
「動くのなら見ているところで動いてほしい」
「髪が伸びるならヘアセットしたい」
等々の好きを拗らせた発言をする同好の士を私は何人も知っている。
私もその口で、「三本足のリカちゃん?ボディ構造が知りたい」やら、「髪が伸びる?植毛不良かな」とか言っている。
だが、そんな私でも人形にまつわる不思議な話がないわけではない。
それは幼少時に持っていたミミという古い文化人形のことだ。文化人形は戦前戦後から少女の遊び人形として普及した布製の抱き人形で、そのボンネットを被った独特の姿は「昭和レトロ」を代表するモチーフとしても有名だ。
私が持っていたのは一般的な40センチくらいの文化人形だった。「ミミ」という呼び名も、記憶はないが私が付けたらしい。一人っ子だった私は沢山のぬいぐるみや人形を持っていたが、ミミは特別のお気に入りだったようで昔のアルバムを開くと必ず一緒に写っていた。しかし、年齢が上がるにつれミミとは遊ばなくなり棚の上に飾りっぱなしになっていた。
小学校に上がってすぐの頃、私は右目が赤く腫れて痛いと親に訴えた。当時水泳を習っていたのでそのせいか、と眼科に行き薬を貰ったが、一向に良くならない。痛さと不快感で目を擦りたくなるのだが、治りが遅くなると触ることを禁止されたのがもどかしくてならなかった。それに、幼いながらも赤く腫れた目を鏡で見るのも嫌だった。
二週間ばかりそんな日が続いただろうか。
何の気なしに棚の上のミミが急に気になって、その夜は珍しくミミと一緒に寝た。多分、一年ぶりくらいのことだった。
翌朝、目を覚ました私は痛みがないことに気づいた。恐る恐る鏡を覗くと、右目は元通りになっていた。
嬉しくなった私は「ミミのおかげかもしれない」と思った。偶然かもしれないが、この後も数回、結膜炎やらものもらいやらが出来た際にミミと一緒に寝ることで治ったことがある。
元々、ミミは私の人形ではなく父の妹が結婚して家を出る際に置いていったものだった。そして、私はよく親戚から「叔母に顔がそっくりだ」と言われる。特に目が似ているのだと言う。
「人形」は元来流し雛に代表される様に「形代」、つまりは身代りとしての意味合いもあったという。ミミは叔母の、そして私の形代としての役割を果たしたのかも知れない。
私も、現在は実家を出ているがミミはまだ実家の私の部屋に飾られている。
文化人形 黒月 @inuinu1113
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