11.汽車と馬車に揺られて

 翌日、ロティアとフフランとリジンは朝食を終えると、魔法特殊技術社とは反対方向の汽車に乗り込んだ。

 十分も経たないうちに景色が緑色から灰色に変わっていき、ロティアはそわそわと落ち着かない気持ちになった。

 わたしって思っていたよりも都会が合ってないのかな、と思わずにはいられない。それを口に出すと、フフランがこう答えた。


「ロティアの実家も自然が多い地域にあるから、無理ないんじゃないか? 魔法特殊技術社で働きたいから家を出て町に来たけど、都会が合う場所かどうかは考えなかっただろう」

「そっか。言われてみればそうだね」


 ボックス席の向かいに座っているリジンは、本を読んでいて二人の会話には参加してこない。ロティアは本に集中しているリジンをジッと見つめた。

 車窓から差し込む朝日が、夜空色の髪を白く光らせている。髪の奥に見える瞳は長いまつげで覆われ、ほとんど見えない。しかしうっすらときらめきが感じられる。


「なんの本を読んでるんですか?」


 ロティアが尋ねると、リジンはゆっくりと目線を上げた。


「小説だよ」

「へえ。そういえば、書庫も入って良いって言ってましたね。読書お好きなんですか?」

「移動中によく読むかな」


 リジンは本を閉じてから答えた。話をする気があるとわかると、ロティアはうれしくなった。


「わたしも読書好きなんです。フフランと友達になってから、動物ものをよく読むようになったんですよ。フフランから、動物もわたしたちと同じようにいろんなことを感じて考えているって教えてもらったので」

「それじゃあ、キリテス・ナミーとかは好き?」


 キリテス・ナミーとは、動物を主人公にした名作を書く作家だ。子ども向けの作家だと周知されているが、ロティアに言わせればそれは間違いだ。彼の作品には、老若男女に通ずる思いがつづられている。そのため、兄たちからからかわれてもキリテス・ナミーの本を今でも読み続けている。

 その名前を、リジンから聞くことになるとは。

 ロティアはうれしくなって、リジンの隣の開いている席に勢いよく座った。


「そうです、そうです! あ、今読んでるのもキリテス・ナミーなんですね!」


 リジンは少し驚いて目をパチパチさせた。


「あ、うん。全編を通して、ほとんどの場面が穏やかな川辺での生活を描いているから、読んでいると心が落ち着くんだ。出かける日は必ず持つようにしてる」

「わかります。情景描写が丁寧だから、実際に川辺にいるような気持になりますよね」


 「うん」と答えるリジンの顔には微笑みが浮かんでいる。

 ひょっとしたら、リジンにとっても初めてのキリテス・ナミー談議なのかもしれない。

 ロティアはキリテス・ナミーに感謝しつつ、その後も彼の作品の話をして過ごした。この話題の間は、リジンは終始微笑んでいて、柔らかい雰囲気が強くなっているような気がした。

 フフランは二人を見守りながら、窓枠に座って船を漕いでいた。





 汽車を降りると、今度は相乗り馬車に乗って、街の中を移動した。上の席の御者の後ろに座り、街の中を見回す。

 空を突き破りそうな灰色や茶色のビル、道なりに植えられた街路樹、歩きやすそうな煉瓦道、おびただしい数の煙突、新聞売りにお菓子売り、たばこ売り、足早に街を歩く人々。見慣れたはずの光景に、頭がクラクラする。

 やっぱりわたしには都会は合わないのかな、とロティアはおいしくない空気を吸いながらぼんやり考えた。


 やがて馬車は、白い邸宅が立ち並ぶ区画の傍で停まった。リジンは礼を言って二人分の運賃を御者に払うと、先に馬車から降りた。

 ロティアの膝の上に座っていたフフランも、パタタッと羽根を鳴らして下へ降りていく。ロティアもそれに続こうとすると、リジンがしなやかな手を差し出してきた。


「グラつくから気を付けて」

「えっ、あ、ありがとうございます」


 ロティアは階段を慎重に一階に降りて、リジンの手を借りて馬車から降りた。

 リジンの肌は雪のように白い。しかし手はとても暖かく、ロティアはその温もりに落ち着かない気持ちになった。


「……あの、離しても良いかな?」


 気まずそうにそう言われてハッとしたロティアは、繋いだままだった手を離した。


「す、すみません! ありがとうございました」

「どういたしまして」


 リジンは優しく答え、紙のように整備された道を歩き出した。その後ろ姿を見つめながら、ロティアは少し熱を帯びたほほを両手で覆った。すると、頭の上にフフランが降り立った。


「優しいな、リジン」

「……うん。あんな風にエスコートしてもらったこと、家族以外になかったから、ちょっと照れちゃった」

「ははっ。そんなお嬢さん珍しいから、リジンも驚いたのかもな」

「……そうだと良いな」


 変に思われてないと良いな、と思いながら、ロティアは歩き出した。

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