第34話 ムカデの尻尾

「うぐぅーっ」


 思いっきり背伸びをする。空気が美味い。


「すっごい開放感だ」


「外を堪能するのは、山を降りてからにしましょ。また山羊が襲ってくるわよ」


 そういえばそうだ。ここは山頂付近。山羊もいっぱい出るんだったな。

 まあ、今の俺だったら難なく狩れるんだろうけど。


「それもそうだな。さっさと降りるか」





 下山完了!


 登りよりもかなり時間を短縮させて、俺たちは下山を終えた。

 途中、山羊もいたが、相手はしなかった。

 というのも、俺たちは途中から下山の高速化を成功させたのだ。

 ロイとポポは俺の背中に乗せ、ムカデフォルムで走る。

 レナは木々の合間を縫って〈跳躍〉で俺についてくる。その難易度が、登りよりも低くなったらしい。なんでかは知らない。まあ純粋に、坂を飛び跳ねながら登るのと、飛び跳ねながら降るのとでは後者の方が簡単、という感覚はわかる気もする。


 兎にも角にも、俺たちは山岳から抜け出し、平原に立っていた。


 視線の先(といっても結構遠いが)には、人間の街がある。

 さっき見た街……ストゥートゥ、だったか? それよりも随分小さな街だった。感覚的には、大きな村、と言っても良いくらいだ。


 そして——


 そこに至るまでに、いるんだろうなぁ。多分。


「……エリアボス」


 ……やっぱり。


 レナがポツリと溢した言葉に、俺は思わずため息をつく。


「どうする? ちなみに俺は、無視するのもありだと思う」


 エリアボスを無視して進めるという、魔物系種族の特権。ここはそれをありがたく享受するのも良いのではないだろうか、というレナへの相談。

 なんと言っても、あの大兎を倒したのが昨日の今日だ。連戦は正直しんどい。

 当然、ゲームなので肉体的な疲労は一切ない。

 しかし、精神的にはまだあの大兎と戦っている、と言っても良いくらいにまだ脳裏に焼き付いている。俺、死にかけたし。


「バカ言わないの。レベルは上げれる時に上げとかなきゃ。……そうね。新しい剣とスキルのお披露目、とでも考えればいいんじゃない? レベル的には、問題のない相手だと思うわ」


 ま、レナはこう言うと思っていた。

 レナは真面目でストイック。で、ちょっぴり性格が悪い。


「はあ。そうだよなあ」


 俺たちが遠くに見据えるのは、恐らくはエリアボス。


「兎の次は蜘蛛か」


 次のエリアボスは蜘蛛。


 まだ戦闘エリアには入っていない。


「仕方ない。行くか」


 まさかの連戦。

 俺たちは、挑戦者を待ち構える大きな蜘蛛に向かって、歩き始めた。





「それでは予定通り、これより4つの班に分かれて百足人センチピートマンを捜索する。発見した場合、直ちに〈伝言メッセージ〉の魔法で俺にその旨を伝えよ。間違っても攻撃はしないように」


 オールオルル山岳に到着した討伐隊一行は、まず山岳内を調査することとした。

 この山岳自体が百足人センチピートマンの目的地である可能性があるからだ。


 ダロットと3人の医療班を除く24人は6人ずつのグループになる。

 これも考え抜かれた編成で、首狩り山羊ヴォーパル・ゴートの討伐はもちろん、仮に百足人センチピートマンに見つかった場合でも、逃げ切れるだけの戦力があるとダロットは踏んでいた。


 ダロットは山に入らず、比較的安全な麓で報告を待つ役割だ。いざと言う時は3人の医療班を囮にして逃げるという算段もある。


「何かあれば、すぐに報告するように。ほんの僅かな違和感であっても、見逃してはならない。今、この山岳に百足人センチピートマンが居るかはわからないが、この山岳にいたというのは事実だ。その痕跡を、見逃すな」


「はっ!」


 ダロットがそう伝えると、4つの班からなる24人は、それぞれ散り散りになっていった。





 捜索を始めてから6時間ほど経った。依然、ダロットは山の麓で報告を待っていた。


 定時報告はもちろん、『〇〇が怪我をした』というような報告も少なからずあったが、百足人に繋がる情報は未だなかった。


「……やはりもうこの山にはいないか」


 と、そんなふうに思っても仕方がない時間にはなっている。

 

 遠隔で言葉を交わすことができるようになる魔法〈伝言メッセージ〉。

 その受信は、脳内に響く声によって知らされるのだが、何度も何度も使用していくうちに、その直前に魔力の波長のようなものを感じ取ることができる者もいた。

 ダロットもそのひとりだった。

 そして、ダロットがたった今感じ取ったのはまさにそれだった。

 それに1秒ほど遅れて、部下の声が脳内に響く。


『隊長。リアリルです』


 名を名乗る暇があるということは、それほど緊急ではないということだ。


(百足人のことではないな)


 声にも態度にも出さないが、ダロットは内心落胆していた。


「何かあったか」


『何か、というほどではないかもしれませんが……』


「それは私が決めることだ。言ってみよ」


「はい……山頂からさらに北にいったところに、首狩りヴォーパルの迷宮という迷宮がありまして……」


 ダロットは頭の中で検索をかける。

 数秒後、ヒットする。


「ヴィプネンの迷宮か……!」


 ヴィプネンの迷宮。

 ストゥートゥの人間には、首狩りの迷宮というより、ヴィプネンの迷宮と言った方が通りが良かった。


 『災厄の呪術師ヴィプネン』。

 200年前、人と悪魔との戦争に乗じて大暴れしたと云われる狂人。

 人間の都市を滅ぼし、遊び半分に人々を殺して回ったとされる極悪人。

 当然、戦乱が収まれば、人々から追われる身となった。ある時は山に、ある時は城に身を隠したヴィプネンが最後に選んだ場所こそ、首狩りヴォーパルの迷宮である。

 ヴィプネンは迷宮に、未だ不明の強力な結界を張り、何人たりとも入ることのできない完璧な要塞とした。

 地形のこともあり、もともと人気のなかった首狩りの迷宮だが、それを機に1人として訪れる者はいなくなった。


 というのがダロットの知識だった。

 ダロットは如何にも脳みそが筋肉で出来ていそうな身体付きだが、頭は悪くなかった。

 というか、頭の悪い者はデイルは取り立ててはくれない。


『はい、そうです』


 部下の肯定にダロットは眉を顰めた。

 一体百足人になんの関係があるのだろう。


「それが、どうかしたのか」


『迷宮の入り口には、迷宮の名前と難易度が記載された石碑があると思うんです』


 これは常識だ。どの迷宮にもある。


「続けてくれ」


『この迷宮は、200年間、誰も来ていませんから、当然、石碑もホコリや土を被っていると思うんですが……』


 リアリルはここで一拍置いた。これから重要なことを言うぞ、と言わんばかりに。


『そのホコリが払われた跡があるんです。間違いなく、最近のものだと思います』


 リアリルは『もちろん、別の班がした可能性もあると思うのですが……』と続けた。

 だが、ダロットにはそうは思えなかった。


 捜索の範囲は、班ごとに細かく定めている。それを破るような者たちではないと、ダロットは知っている。


「ようやく、尻尾を見せたか」


 ダロットは口角を吊り上げた。

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