閑話 精霊放浪記


精霊エレメンタルねぇ。ランダムにしたの、間違いだったかな」


 西野創一、PNはソーチ。

 

 ゲームを始めた彼が放たれたのは、草原だった。一面に草が生え、辺りには魔物や動物が闊歩しているのがわかった。


「ステータス」


 ソーチは早速ステータスを確認する。



氏名:ソーチ

種族:精霊エレメンタル

職業ジョブ:魔法師マジックキャスター

レベル:1

HP:8/8

MP:450/450

筋力:0

防御:---

魔力:500

魔防:40

素早:330

器用:100

幸運:100

種族スキル:物理完全無効化



 ソーチは精霊エレメンタルと書かれたところを押す。



精霊エレメンタル

 火、水、風、土からなる四大元素のどれかを司る精霊エレメンタルの下位種で、いずれの元素も司っていない。

 実体は無く、魔力の籠っていない物理的な攻撃を一切無効化する。


 実体が無いという説明の通り、ソーチの存在は一目見ただけではわからない。

 よく目を凝らせば、ソーチがいるところは陽炎のように空気が揺らいでいる。それが精霊エレメンタルを発見する唯一の方法。


「とてもじゃないけどフレンドは出来そうにないなぁ」


 ソーチはしばらくソロプレイに徹する覚悟を決める。


「狼かな? あれは」


 ソーチが視界に捉えたのは一匹の狼のような魔物だった。

 その頭上には、灰狼ウルフの文字。


「魔法が使えるんだったよね。確か」


 ソーチはキャラメイクのときのAIに教えてもらった魔法のひとつを発動させる。


「〈火の球ファイア・ボール〉」


 詠唱をすると、ソーチの実体のない身体から火の球が射出される。


「グラルァァ」


 灰狼ウルフに直撃した火の球は、短い断末魔を上げさせた。直後、ポリゴンとなって消える灰狼ウルフ。  


「おぉ! すごい!」


 この灰狼ウルフのように、魔法が使えない魔物や動物なら絶対に負けることはない。


「レベル上げ、だね!」


 ソーチは自分のテンションがいつになく上がっていることに気づいた。

 普段ゲームをあまりやらないソーチには新鮮な感情だった。





 あれから2時間ぐらい経っただろうか。

 ソーチは驚異的な集中力で、ひたすらに狩りを続けた。

 その結果……


「レベル10。これで職業がどうとかって聞いたんだけど……」


職業ジョブの追加と進化が実行できます〉


 脳内に声が響く。


「きた、これだ。職業の追加に……進化?」


 ソーチは表示されたウィンドウに並んだ職業欄をゆっくりと見つめる。


「魔法を使っていくことになるだろうから……」


 うーん、うーむ、などと言いながら悩むこと5分。


「……これが良さそう」


 選んだのは魔術師ウィザード

 魔法師マジックキャスター魔術師ウィザード。何が違うのかと言われれば、それは行使する魔法のであろう。

 魔法師が攻撃系統などの、いわゆる大味で派手な魔法に長けているのに対し、魔術師は少しの変化で相手を揺さぶるような、トリッキーな戦い方を得意とする。

 魔法師から派生する、さらに派手な魔法を使う職業が魔導士ハイ・キャスター

 魔術師から派生する、さらに細かく器用な魔法を使う職業が奇術師マジシャン

 といった具合で、同じ魔法使いでも細かな分類がある。


 少し欲張りかもしれないが、ソーチは魔法師と魔術師、どちらも取得しておくことにしたのだ。


「職業はこれでオッケーなんだけど……進化って言ってたよね」


〈進化を実施しますか? Yes/No〉


 ソーチはYesを押す。


〈以下から進化先を選択してください〉



 火の精霊ファイア・エレメンタル

 水の精霊ウォーター・エレメンタル

 土の精霊アース・エレメンタル

 風の精霊ウィンド・エレメンタル



 表示された進化先は4つ。四大元素を司るという説明の通り、4つそれぞれが進化先になっている。


 ソーチはここでも大いに悩んだ。

 先までの戦いでソーチが主に使ったのはボール系魔法だ。火の球ファイア・ボールから始まり、水の球ウォーター・ボール

土の球アース・ボール風の球ウィンド・ボール。この4種の魔法を使えば、灰狼ウルフは一撃で死んだ。


 ソーチは思い返す。どの魔法が一番使い勝手が良かったかを。


「炎か土かなぁ」


 3分ほど悩んでようやく2択に絞り込んだようだ。


「……炎は確かに派手で良いんだけど、汎用性を鑑みると……」


 ぶつぶつと呟くこと再び3分。


「決めた! 土にしよう!」


 土の精霊アース・エレメンタルを押す。


土の精霊アース・エレメンタルでよろしいですか? Yes/No〉


 ソーチはゆっくりYesを押すと、その身体が変化したのを感じた。


 これまでソーチがある場所は陽炎のように空気が歪むだけで色などなかったが、今は少し茶色がかった、土の色をしているのがわかった。

 もしソーチを探している者がいたなら、少しばかり発見が容易になっただろう。


 ソーチはひとまず土の精霊の説明を見ることにした。



土の精霊アース・エレメンタル

 四大元素の内、土を司る精霊。

 土属性以外の魔法が大幅に弱化する代わりに、土属性の魔法が大幅に強化される。

 また、土属性の魔法の効果を受けない。

 実体は無く、魔力の籠っていない物理的な攻撃を一切無効化する。



 実体がないことはこれまでと同じ。違うのは土属性云々の話で、つまりは土魔法をたくさん使うといいぞということだろう。


「もう少しだけレベル上げをしてから、ここを出よう」


 ソーチは声に出してそう言うと、再び狩りに向かった。





「ちょっとやりすぎたかな……」


 辺りを見渡しても、さっきまでいた魔物たちはいない。一匹たりともだ。


「あと少しでレベル20なんだけどなあ。あと一匹で良いのに」


 ソーチの恐ろしいまでの集中力で草原の魔物を狩り尽くし、レベルも20目前。プレイヤーの中でもトップクラスのレベルを手にしていた。

 ここにいるのは魔法が使えない魔物ばかりなので、一切攻撃を受けない。にも関わらず、ここにいる魔物たちは一般プレイヤーからすれば充分強敵である。

 つまりソーチはノーリスクで圧倒的な時間的効率のもとレベル上げをしているのだ。

 もっとも、ソーチはそれに気づいていないのだが。


「レベル20って、高いのかな? でも最高が100って言ってたし、まだまだなんだろうなあ」


 その証拠がこの発言だ。


 ソーチは再び辺りを見渡して魔物がいないことを確認する。


「仕方ない。一旦この草原を出よう」


 そう決意したソーチはゆっくりと動き出す。

 ここは森に囲まれた広大な草原だ。出るには、森の中に入るしかない。森の中に入れば、流石に魔物の一匹や二匹はあるだろう。


 ソーチは森の中に足を踏み入れた。

 ——その時。


「お。見えてきたぜ。あれがアナストペイム草原だ」


 人の声だった。

 ソーチは咄嗟に身を隠す。そんなことをせずとも、意識しなくては認識出来ない身体なのだが。


「あれが上級者向けレベル上げスポットか」


 数は2。どうやらソーチがいた草原が目当てのようだった。


「おい。ちょっとおかしくねぇか」


 そのうちのひとり。頭上にレッドと書かれた男がそう言う。


「あぁ。おかしい」


 2人の声色は、いつの間にか緊張感を孕んでいた。


「レベル上げする場所に、一匹も魔物がいないなんてこと……あるはずがない」


 おかしい、と言った理由をレッドが説明した。


 そんな中、2人を見ているソーチに、『悪い考え』が浮かぶ。


(確か、プレイヤーをキルしたときは同程度の魔物よりも多くの経験値を得られる……だったよね)


 ソーチはその考えを実行することに決めた。


 ふわふわと浮かび上がり、2人の真上に移動する。


「〈泥の球マッド・ボール〉」


 小さな声で詠唱をし、出来る限りの魔力を込めることで、最大限大きな泥の球を2つ作り上げる。


 そして、落とす。


「ぐわぁっ!」


「なんだっ!」


 2人の顔は泥に塗れ、視界が塞がる。当然、ダメージも受ける。


「〈揺れる大地アース・スウェイ〉」


 ソーチは再び魔法を発動。2人が立つ大地だけが揺れ動く。立っているので精一杯というところだ。

 敵の姿さえ見えない2人は、ただただ動揺するだけで、策を講じることが出来ない。

 ソーチはなおも畳み掛ける。


「〈地盤泥化マッドライズ〉」


 今度は地面が泥に変わり、足を取られる2人。もはや身動きさえ取れなくなっていた。


「くそっ! どうなってるんだ、これは!」


「わかんねぇよっ!」


(これで準備は完了だね)


 ソーチはまた魔法を発動させる。


「〈泥弾マッド・ショット〉」


 泥の弾を射出する魔法。

 相手の動きを封じたので、今度は本格的にダメージを与える魔法だ。

 泥弾マッド・ショット土の球アース・ボールよりも威力が高いことは、これまで多くの魔物を狩ってきたので当然分かっていた。

 

 4発目の泥弾を受けたところで、1人はポリゴンとなった。


〈レベルが21に上がりました。職業ジョブの追加が可能です〉


 ソーチは一旦その声を無視して、今度は〈土の球アース・ボール〉を発動させる。

 泥弾の方が威力が高いのは分かっているが、どれくらい違うのかというのも知っておきたかったソーチは、これ幸いとばかりに2人を実験の道具にしたのだ。


 2人目は6発でポリゴンとなった。


「まあ、だいたい想像通りだね」


〈レベルが22に上がりました〉


「そんなことより、職業の追加だ!」


 ソーチは職業欄をゆっくりと眺め、今度はさほど時間をかけずに決めた。


「精霊使い、面白そう」


 ソーチが取得した3つ目の職業は、精霊使い。


 ソーチはその詳細を確認することもなく、確かな満足感と、ほんの少しの罪悪感の中でログアウトをした。





 2人のプレイヤーが正体不明の『何か』によってキルされた。この一報は多くのプレイヤーの中で話題となった。

 アナストペイム草原における『魔物が一匹もいなかった』という事実が確認されたことも、この話題の信憑性を上げた。


 しばらく掲示板などで議論されたが、多くのプレイヤーが答えは出ないと悟ると、やがて忘れ去られた。

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