閑話 精霊放浪記
「
西野創一、PNはソーチ。
ゲームを始めた彼が放たれたのは、草原だった。一面に草が生え、辺りには魔物や動物が闊歩しているのがわかった。
「ステータス」
ソーチは早速ステータスを確認する。
氏名:ソーチ
種族:
レベル:1
HP:8/8
MP:450/450
筋力:0
防御:---
魔力:500
魔防:40
素早:330
器用:100
幸運:100
種族スキル:物理完全無効化
ソーチは
火、水、風、土からなる四大元素のどれかを司る
実体は無く、魔力の籠っていない物理的な攻撃を一切無効化する。
実体が無いという説明の通り、ソーチの存在は一目見ただけではわからない。
よく目を凝らせば、ソーチがいるところは陽炎のように空気が揺らいでいる。それが
「とてもじゃないけどフレンドは出来そうにないなぁ」
ソーチはしばらくソロプレイに徹する覚悟を決める。
「狼かな? あれは」
ソーチが視界に捉えたのは一匹の狼のような魔物だった。
その頭上には、
「魔法が使えるんだったよね。確か」
ソーチはキャラメイクのときのAIに教えてもらった魔法のひとつを発動させる。
「〈
詠唱をすると、ソーチの実体のない身体から火の球が射出される。
「グラルァァ」
「おぉ! すごい!」
この
「レベル上げ、だね!」
ソーチは自分のテンションがいつになく上がっていることに気づいた。
普段ゲームをあまりやらないソーチには新鮮な感情だった。
*
あれから2時間ぐらい経っただろうか。
ソーチは驚異的な集中力で、ひたすらに狩りを続けた。
その結果……
「レベル10。これで職業がどうとかって聞いたんだけど……」
〈
脳内に声が響く。
「きた、これだ。職業の追加に……進化?」
ソーチは表示されたウィンドウに並んだ職業欄をゆっくりと見つめる。
「魔法を使っていくことになるだろうから……」
うーん、うーむ、などと言いながら悩むこと5分。
「……これが良さそう」
選んだのは
魔法師が攻撃系統などの、いわゆる大味で派手な魔法に長けているのに対し、魔術師は少しの変化で相手を揺さぶるような、トリッキーな戦い方を得意とする。
魔法師から派生する、さらに派手な魔法を使う職業が
魔術師から派生する、さらに細かく器用な魔法を使う職業が
といった具合で、同じ魔法使いでも細かな分類がある。
少し欲張りかもしれないが、ソーチは魔法師と魔術師、どちらも取得しておくことにしたのだ。
「職業はこれでオッケーなんだけど……進化って言ってたよね」
〈進化を実施しますか? Yes/No〉
ソーチはYesを押す。
〈以下から進化先を選択してください〉
表示された進化先は4つ。四大元素を司るという説明の通り、4つそれぞれが進化先になっている。
ソーチはここでも大いに悩んだ。
先までの戦いでソーチが主に使ったのは
ソーチは思い返す。どの魔法が一番使い勝手が良かったかを。
「炎か土かなぁ」
3分ほど悩んでようやく2択に絞り込んだようだ。
「……炎は確かに派手で良いんだけど、汎用性を鑑みると……」
ぶつぶつと呟くこと再び3分。
「決めた! 土にしよう!」
〈
ソーチはゆっくりYesを押すと、その身体が変化したのを感じた。
これまでソーチがある場所は陽炎のように空気が歪むだけで色などなかったが、今は少し茶色がかった、土の色をしているのがわかった。
もしソーチを探している者がいたなら、少しばかり発見が容易になっただろう。
ソーチはひとまず土の精霊の説明を見ることにした。
四大元素の内、土を司る精霊。
土属性以外の魔法が大幅に弱化する代わりに、土属性の魔法が大幅に強化される。
また、土属性の魔法の効果を受けない。
実体は無く、魔力の籠っていない物理的な攻撃を一切無効化する。
実体がないことはこれまでと同じ。違うのは土属性云々の話で、つまりは土魔法をたくさん使うといいぞということだろう。
「もう少しだけレベル上げをしてから、ここを出よう」
ソーチは声に出してそう言うと、再び狩りに向かった。
*
「ちょっとやりすぎたかな……」
辺りを見渡しても、さっきまでいた魔物たちはいない。一匹たりともだ。
「あと少しでレベル20なんだけどなあ。あと一匹で良いのに」
ソーチの恐ろしいまでの集中力で草原の魔物を狩り尽くし、レベルも20目前。プレイヤーの中でもトップクラスのレベルを手にしていた。
ここにいるのは魔法が使えない魔物ばかりなので、一切攻撃を受けない。にも関わらず、ここにいる魔物たちは一般プレイヤーからすれば充分強敵である。
つまりソーチはノーリスクで圧倒的な時間的効率のもとレベル上げをしているのだ。
もっとも、ソーチはそれに気づいていないのだが。
「レベル20って、高いのかな? でも最高が100って言ってたし、まだまだなんだろうなあ」
その証拠がこの発言だ。
ソーチは再び辺りを見渡して魔物がいないことを確認する。
「仕方ない。一旦この草原を出よう」
そう決意したソーチはゆっくりと動き出す。
ここは森に囲まれた広大な草原だ。出るには、森の中に入るしかない。森の中に入れば、流石に魔物の一匹や二匹はあるだろう。
ソーチは森の中に足を踏み入れた。
——その時。
「お。見えてきたぜ。あれがアナストペイム草原だ」
人の声だった。
ソーチは咄嗟に身を隠す。そんなことをせずとも、意識しなくては認識出来ない身体なのだが。
「あれが上級者向けレベル上げスポットか」
数は2。どうやらソーチがいた草原が目当てのようだった。
「おい。ちょっとおかしくねぇか」
そのうちのひとり。頭上にレッドと書かれた男がそう言う。
「あぁ。おかしい」
2人の声色は、いつの間にか緊張感を孕んでいた。
「レベル上げする場所に、一匹も魔物がいないなんてこと……あるはずがない」
おかしい、と言った理由をレッドが説明した。
そんな中、2人を見ているソーチに、『悪い考え』が浮かぶ。
(確か、プレイヤーをキルしたときは同程度の魔物よりも多くの経験値を得られる……だったよね)
ソーチはその考えを実行することに決めた。
ふわふわと浮かび上がり、2人の真上に移動する。
「〈
小さな声で詠唱をし、出来る限りの魔力を込めることで、最大限大きな泥の球を2つ作り上げる。
そして、落とす。
「ぐわぁっ!」
「なんだっ!」
2人の顔は泥に塗れ、視界が塞がる。当然、ダメージも受ける。
「〈
ソーチは再び魔法を発動。2人が立つ大地だけが揺れ動く。立っているので精一杯というところだ。
敵の姿さえ見えない2人は、ただただ動揺するだけで、策を講じることが出来ない。
ソーチはなおも畳み掛ける。
「〈
今度は地面が泥に変わり、足を取られる2人。もはや身動きさえ取れなくなっていた。
「くそっ! どうなってるんだ、これは!」
「わかんねぇよっ!」
(これで準備は完了だね)
ソーチはまた魔法を発動させる。
「〈
泥の弾を射出する魔法。
相手の動きを封じたので、今度は本格的にダメージを与える魔法だ。
4発目の泥弾を受けたところで、1人はポリゴンとなった。
〈レベルが21に上がりました。
ソーチは一旦その声を無視して、今度は〈
泥弾の方が威力が高いのは分かっているが、どれくらい違うのかというのも知っておきたかったソーチは、これ幸いとばかりに2人を実験の道具にしたのだ。
2人目は6発でポリゴンとなった。
「まあ、だいたい想像通りだね」
〈レベルが22に上がりました〉
「そんなことより、職業の追加だ!」
ソーチは職業欄をゆっくりと眺め、今度はさほど時間をかけずに決めた。
「精霊使い、面白そう」
ソーチが取得した3つ目の職業は、精霊使い。
ソーチはその詳細を確認することもなく、確かな満足感と、ほんの少しの罪悪感の中でログアウトをした。
*
2人のプレイヤーが正体不明の『何か』によってキルされた。この一報は多くのプレイヤーの中で話題となった。
アナストペイム草原における『魔物が一匹もいなかった』という事実が確認されたことも、この話題の信憑性を上げた。
しばらく掲示板などで議論されたが、多くのプレイヤーが答えは出ないと悟ると、やがて忘れ去られた。
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