帰り道

「じゃあ、またね」

「バイバイ」

 それぞれに別れの言葉を口にして、恭也と佐倉が電車を降りる。降車する人の流れに乗って二人は楽しそうに何やら話をしながらホームの階段を下っていき、やがてユニバで四人お揃いで買ったスヌーピーの被り物がひょこひょこと揺れながら視界から消えていく。

 眼の前で扉が閉まり、一度ガタンと揺れてから電車はゆっくりと走り出した。

「……」

 隣の浅井を見ると、頭に乗っかっている被り物を手で弄びながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。

 さっきまで何を話していたんだっけか。

 オレは少し居心地の悪い沈黙を感じていた。なにか話題をと思いながらも、急に二人っきりになって、何を話せばいいのわからなくなってしまったのだ。

 元々、浅井とはそんなに話をしたことも無かった。今は恭也とオレ、佐倉、浅井でユニバに行った帰りだった。恭也が佐倉を誘うのに、人数合わせに引っ張り込まれたのだ。恭也がオレを、佐倉が浅井を誘って、という流れで。女の子と学校以外の場所で二人っきりになるなんて、妹以外では経験は皆無だ。ずっと場を盛り上げていた恭也が抜けたことで少なくないプレッシャーを感じていたのだ。

「ええと、……家どこだっけ?」

 頭の中でぐるぐると話す内容を何週も考えてから、オレが言ったのはそんな普通の一言だった。

「谷六だよ」

 浅井の口にした最寄り駅は、大阪で乗り換えてから数駅という場所だった。

「じゃ東梅田だよね? オレ野江だからそこまで一緒か」

 そこでオレが思ったのは、少し気まずい沈黙が続くことへの不安と、女の子と二人っきりという時間への期待。好きとかそういうのではないけれど、何かを勝手に期待してしまうのは高校生男子としては仕方ないと思う。

 更になにか話題をつなげようとして、今日の出来事や話したことを頭の中で思い返してみる。すると驚くほどに浅井と会話していなかったことに思い至った。どうしてもオレは恭也と、浅井は佐倉と行動することが多く、アトラクションの感想を言い合うくらいしか記憶にないのだ。

「ふふっ」

 思わず小さく笑いを漏らしてしまうと、浅井さんはちょっとびっくりしたように目をくりっとさせた。

 引かれたか? まあいいや。

「えっと、改めて新島利幸です」

「な、なに? いきなり」

「いや、今日あんまり話してないから、仕切り直そうかと」

 そう言うと浅井さんはびっくりした顔から笑顔に変わった。

「なによ、それ。変なの」

 スヌーピーの黒い耳がぱたんと揺れる。この表情にスヌーピーは反則だよなと思いながら、自分の頭にも同じ被り物が乗っかっているかと思うと、また笑いが込み上げてくるのだった。


 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る