夢を追う(2024年 元旦)
「ごちそうさま! 美味しかった!」
そう言って、
「それはよかったわ。おばあちゃん頑張ったのよ」
わたしはそう言ってふわりと笑う。一人で暮らすと食事の用意も適当に済ませることが多かったのだけど、今日は息子の家族が訪ねて来てくれていた。そして、今日は元旦だった。そのためいつも以上に張り切って、おせちやらお雑煮やらとたくさん準備をしていたので喜びも大きい。
「お義母さん、ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
「
「はい、お腹いっぱいです」
息子たちが笑顔でそう言ってくれるのは、何よりうれしかった。
じゃあ、片付けてしまうわね、と席を立つと「お手伝いします」と真希さんも手元の皿などをまとめていく。
「ほら、あんたも」という言葉で和紗も慌てて片付けに参加する。
賑やかな食卓。わたしは居間の片隅の小さな仏壇を視界にいれる。
「ねぇ、誠一。これ見てくれるかしら」
食後の片付けを終えてコーヒーを淹れ、お茶菓子を食べながらくつろいでいるときに、わたしはそう切り出した。よいしょと立ち上がり、仏壇から黄色いきんちゃく袋を取り出した。今日のために準備していた物だった。
「なにこれ?」と和紗が覗き込む。
「宝くじ?」
誠一はそのきんちゃくを見て疑問のように語尾を上げて口にしたが、それが正しいことは判っている様子だった。
「そうよ。お父さんの代わりにみんなで」
宝くじは、二年前に亡くなった忠雄が正月の恒例として楽しみにしていた。元旦に年末ジャンボを確認して一喜一憂する。これまでずっとそんな風にしてお正月を過ごしてきた。昨年は喪中ということもありそんな気持ちになれなかったのだけど、今年は誠一たちも元旦に来るということで用意したのだ。
わたしは笑いながらきんちゃくを開いて、中から宝くじを取り出した。「なつかしいな」と誠一も笑った。
「うわ、いっぱいあるね」
和沙が中から出てきた紙の袋を見てはしゃいで、その横で真希さんが微笑む。わたしはそんな息子たちを見ながら、目頭の奥がじんと熱くなる感じがした。
「さあ……、当たってるかしら」
言葉少しつっかえてしまったのには気づかなかったようで、誠一たちは宝くじを紙袋から出していく。
「これ、確認していいの?」
和沙はスマホを操作しながら訪ねた。どうやら、当選番号が書いてあるホームページがあるようだ。
「ええ、お願い」
そう促すと、嬉しそうな顔で番号を確認し始める。誠一も新聞を広げた。二人共、目がきらきらしている。わたしはこのわくわくした表情を見るのが大好きだった。隣を見ると、真希さんも二人を見て眼尻を下げていた。
10枚ずつの袋の中には、必ず下一ケタが0から9まで入っているので、7等の300円は必ず当たる。それ以外にも、下2ケタが合う6等もいくつか出てきて、その度に「あった!」とか「お!」と声が上がる。
そうやって確認が始まってしばらくした頃だった。
「うわぁ! これ惜しいっ!」
和沙が1枚のくじを両手で掲げるようにして叫んだ。全員の視線が、そのくじに集中する。
「これ、数字一つ違いだよ。
すこし興奮するような和沙の声に、誠一も「惜しいな!」と大きな声を出した。
わたしは和沙からくじを受け取って、新聞と見比べてみる。たしかに、数字一つ違えば当たりくじだった。
「ほんと、もうちょっとだったねぇ」
そう言って、4人で笑いあった。
宝くじの結果は、3000円が3枚と300円が5枚で10500円だった。購入した金額よりは少ないが、十分な結果だ。
「じゃあこれは和沙ちゃんに。臨時のお年玉」
わたしは当たりくじを和沙に渡す。
「え?! いいの? せっかくの当たりなのに」
和沙は嬉しそうではあるが、受け取って良いものか迷っているようだった。くじとわたしの顔を見て戸惑うような表情をする。
「いいのよ、わたしにはこれがあるから」
数字違いのハズレくじを手に取ると、先程の気持ちが蘇ってきた。
わたしは立ち上がり、仏壇に向かった。
「どうぞ、お父さん」
写真立ての中の笑顔に笑いかけ、その夢のくじをそっと置いた。
了
(2024年 元旦)
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