意識

 次の講義まで時間が空いていたので文芸部の部室に来てみると、いっこ下の近藤が本を読んでいた。どうやら彼女も休講になったということで、同じく時間を潰しに来て読書に勤しんでいたらしい。

「何読んでんの?」

「この間出た真宮の新刊です」

「ああ、俺まだ前作読み終わってないや」

 しばらく話し相手になってもらっていたら、俺のお腹が小さく鳴った。壁の時計を見るともうすぐお昼だった。

「俺そろそろ飯行くけど、近ちゃんも行く?」

 さっきの音が聞こえたのではないかと、少し大き目の声量で誤魔化すように声を掛ける。後輩の女の子にお腹の音を聞かれるのはちょっとだけ恥ずかしかったのだ。隣の椅子に置いていたリュックを持って立ち上がる。

「──くくっ」

 近藤の方を見ると、何故か口元を隠すように手を当てていた。目を見ると明らかに笑っている。

「なんだよ」

 やっぱり腹の音を聞かれたのかと焦っていると、「いや、先輩いまリュック取って立ち上がるのにって……くくっ」

 近藤は笑いを堪えるような仕草をするが、小さな肩を震わせる動作がいかにもわざとらしい。

「おっさんじゃないですか」

「うるせーよ。っていうか、今俺そんなこと言ったか?」

「言いましたよ。自覚なかったんですか?」

「ないよ、ちきしょう。で、飯行くのか?」

「いきますいきます」

 そう言って近藤はさっきまで読んでいた本を丁寧にトートバックに仕舞うと、俺の後に続いた。

 半歩後ろくらいを付いてくるのだが、なんとなく視線を感じてモゾモゾとした気持ちがする。

 どこ行く? 学食? そうですね……『ふる里』でどうですか? ぽんから定食か、そういや最近食べてないな。私もです。たまに無性に食べたくなるんですよね。わかるわかる。

 部室棟の近くの裏口から学外へ出て、定番の定食屋へ。安くて量も多いので、もう何度お世話になったのかわからない店だ。

 お昼時ということもあり、少しだけ待ってカウンター席に案内される。

「じゃあやっぱり俺もぽんからかな」

 衣の薄い鶏胸肉の唐揚げをさっぱりしたぽん酢で食べる、この店の名物メニューだ。ここに来るとどうしても頼んでしまう──。

 

 荷物を置いて隣に座る近藤を見ると、肩を震わせて笑っていた。さっきも見た光景だった。

「……また言ったか?」

「ええ、今度はでしたけど」

 とても楽しそうに笑う口元に添えられた彼女の指先は、とてもほっそりとして綺麗だった。

「うるせぇよ」

 

 了

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