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「……ということがあったんですよ!」

 美世ちゃんはそう息巻くと、カレーのスパイスでむせたようで、ゴホゴホと咳き込んでお水に手を伸ばした。

「大丈夫?」

 少し落ち着くのを待って声を掛けると「だから大丈夫じゃないんですって!」とまだ喉につっかえたように不満を口にした。

「ほんと、柿本さんってなんであんな言い方するんですかね!」

 柿本と言うのは、私の同期の社員だ。システム部のプログラマーというとなんとなくお硬いイメージが湧きそうだが、実際それに近い評判だ。美世ちゃんの言を借りるなら「仕事を選びすぎ」ということだ。

 怒りが収まらない様子の美世ちゃんがカレーを口に運ぶのを見ながら、さっきの彼女の話を頭の中で反芻する。

 昼食前に柿本に依頼していた資料の数字が届いてなかったので催促に行ったそうなのだが、その時の様子が、

『柿本さん、ちょっと良いですか。先日依頼した資料の実データなんですけど、まだいただけてなくて』

『……そうだっけ?』

『はい。期限は昨日にしてたはずなんですけど』

『急ぐの?』

『夕方の会議で使う資料に必要なんです』

『そう。……じゃあ昼過ぎに出しておくよ』

 と、あんまりな対応だったらしいのだ。しかも、美世ちゃんが話しかけているのに、柿本はほとんど顔を向けずにモニターを見つめながらキーボードをカタカタとやってたらしい。そんな様子なので、柿本に仕事を頼むのを嫌がる人は社内には多かった。

「なんであんな態度なんですかね? 言って直ぐ出せるなら期限までにやれば良いのに」

「そだねぇ」と私が相槌を打つと、「先輩は良いじゃないですかっ!」とこっちにお鉢が回ってきた。

「柿本さん、先輩の頼む仕事は普通にやってますよね」

「そうかな?」

「そうですよ」

 柿本が私の仕事を普通にこなしてくれるというのはあながち間違ってはいない。と言っても、残念ながらあいつが私に特別な対応をしている訳では無い。

 柿本はぶっきらぼうなので誤解されやすいのだけど、上手くお願いすると意外と快く引き受けてくれるのだ。ビジネスマンとしてはかなりアレだけど……。例えば、話しかけても振り向いてくれなかったときは、背もたれを最大に倒して姿勢悪く作業してたに違いない。そんな時の柿本は集中モードなので、誰が話しかけてもダメだし。けれど、ペンをクルクル回して難しい顔で考え事をしてるときに声を掛けると、こっちを向いて意外と笑顔を見せてくれたりもするのだ。

「同期だからかな?」

 私は少しごまかすように言って、カレーを食べる。スパイスの香りが口内に広がった。

「絶対に違うと思うんですけど」

「まぁ、カレー食べなよ。ここのスパイスカレー、美味しいでしょ」

「美味しいですけど……」

 美世ちゃんはちょっと不服そうだった。けどゴメン。柿本のそんな一面をなんとなく教えたくない私がいるのよ。困ったことに。

 

 了

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