第3話 追加内容
それから一週間後、学院の庭園で、淹れたての紅茶を口に運びながら「ダウンロードコンテンツ、略してDLC。続編とはちょっと違うんだけど、番外編とでもいうのかしら?」アントワネットは昨日より一層明るい表情で説明した。
「パーティではごめんなさいね、シルヴィアに話さなきゃって思ったんだけど、殿下とお茶をする予定があって。その後もなかなかシルヴィアに声をかける暇がなくて」
「構わないわ、私もパーティで疲れていたし」
しいていうなら「DLC!」と叫ぶだけ叫んでいなくなられたせいで、一体何のことか分からず
しかしなるほど、”Down load contents”か。私とて前世の人間の端くれ、なにより会社のエース銀城とペアを組んで働いていた営業マン、横文字と英語なら任せておけ。
「で、そのダウンロードコンテンツは既存のパッケージに課金することで追加のシナリオを楽しむことができるシステムってことね」
「本当にシルヴィアは話が早いわね……貴女、男に生まれたほうがよかったんじゃない?」
「よく言われるわ。それで、そのダウンロードコンテンツがどうしたの? この世界が本編だと思ってたらてっきり番外編だったってこと?」
「そうなの!」
激しく首を縦に振られた。赤べこも張り合う気力を失くす勢いだ。
「そもそも、昨日は結局アントワネットがヒロインをいびったっていう理解でいいの?」
「私はいびってないわよ。昨日も話したじゃない、私じゃなくて私の友人達がいびり始めてしまうんだって」
結末を見ていたとおり、昨日は結局、遅れてホールにやってきたヒロインが赤いドレスを身に纏い、かつフレデリク殿下と踊ったことで、アントワネットの友人ズが「レディ・アントワネットのドレスを真似した挙句フレデリク殿下を誘惑しようとしてるのね! なんて恥知らずなの!」と憤慨したらしい。それに対しヒロインは、ドレスの色が一緒だったのは偶然で、フレデリク殿下から踊りを申し込まれたのだと
「私はドレスの色が同じでも気にすることないわって口を挟んだんだけれど、友人達が怒り心頭で。殿下も間が悪かったのよね、ちょうど私が休憩しているタイミングでヒロインと踊り始めたから、殿下が私を放り出して踊ったんじゃないかって」
まあアントワネットは過去に同じ因縁を私につけてるからね。友人ズは歴史に習ったんだと思うよ。
「フレデリク殿下があえて学園に入るのはできるだけ多くの貴族と交流を持つためだと陛下は仰っていたし、複数回ならまだしも、他の生徒と一回踊ったくらいでとやかく言うのは不合理でしょう。アントワネットが休憩してようがしていまいが、放り出したなんて言うのは悪意があるわ」
「そう! そうなのよ! 私が言いたかったのはそういうこと!」
で、それがダウンロードコンテンツと何の関係が?
「ただ、本編だと新年パーティでヒロインはひとりぼっちなの。でも昨日は違った」
「ロード・ルトガーと踊って終わったわね。あれがもしかしてダウンロード・コンテンツオリジナル?」
「そのとおり。そもそも本編だとベル王子の留学って裏設定みたいなもので、ルトガーも含めて背景くらいにしか出てこないのよ」
「あの顔で背景?」
というか“ベル王子”……。リーンリーンと鳴る鈴を連想してしまう愛称だった。あらゆるものを面倒くさがって拒絶しそうなあの雰囲気に死ぬほど似合わない。
「と思うでしょ? そうなの、背景でしかなかったの。それがめちゃくちゃ人気出たからDLCでルートが追加されて、でもこのルートが初見殺しで、知らないと絶対攻略できないじゃんって感じなんだけど、でも私はベル王子に一目惚れしてて――」
何を聞かされているのかと思うほどの早口で熱く語られ目を点にしていると、ハッとアントワネットは口を噤み、はしたない行動を反省するかのようにそっと座り直す。
「……それで、えっと……その、ヒロインが誰を選択したのか、まだ分からないのよね……」
「どうして?」
「カルテ・カルテットって、本編だと最初にルート選択して一人の攻略対象の好感度を上げ続ければいいんだけど、DLCだと並行して複数の攻略対象の好感度を上げることができるの。というか、並行して複数の攻略対象の好感度を上げることでしか特定の攻略対象の好感度がMAXにならなくて……」
「つまり本編は本命の略対象の好感度さえ上げればいいけど、ダウンロード・コンテンツだと別の攻略対象と仲良くなることが本命の攻略対象との関係に相互に作用するから、外観上は本命が誰なのか判然としないってことね」
「もう! シルヴィアったら! さすが私の親友ね!」
いやそっちが勝手に親友認定してきただけなのだが――とは言わずに黙っておいた。この中身はアントワネットではなく水島さんだし、水島さんだって私の好きな人と付き合っただけなのだから恨むのは筋違いというもの。その手段が犯罪級 (というか犯罪)でせこかったとしても。
「それで、ヒロインがロード・ルトガーと踊ったってことは、少なくともこれが本編でなくダウンロード・コンテンツだってことは間違いないのね。そのダウンロード・コンテンツでもアントワネットは婚約破棄される可能性があるの?」
「ヒロインがフレデリク殿下を選ぶ場合、そうね」
「でも、私にはフレデリク殿下がアントワネットを捨てるなんて想像できないのよね」
例によって私の知るフレデリク殿下は違う、という話だ。フレデリク殿下は優しく穏やかで、ちょっと可愛い女の子が現れたからって、長年寄り添った婚約者をポイ捨てする人ではない。大体、一国の王子の婚約なんて、それこそ私とアントワネットが争ったように、家同士を巻き込む一大事。それを破棄するとなれば、ヒロインの能力が珍しいだけではなく、アントワネット自身に斬首並みの落ち度があるはずだ。
「果たしてアントワネットがヒロインを虐めただけで、フレデリク殿下が婚約破棄なんてするかしら……」
「……それがね」
コホン、とアントワネットは咳ばらいをする。
「これは私が実際にしたことじゃないから驚かないでほしいんだけど……私が嫌がらせでヒロインを離宮に閉じ込めたら、その離宮がたまたま火事になってしまうの……」
「……放火殺人?」
いくら魔法で火の扱いが身近とはいえ、常人は建物に火はつけない。ドン引きすると「だから私はしないの!」とあわてふためきながらアントワネットはカップを置いた。
「っていうかそのゲームでも、
「……それで……、アントワネットは殺人未遂を……?」
「と……いうことに、なるわね、ゲームだと! もともとネチネチと虐めてたうえに殺人未遂をして……しかもうっかりその離宮にはフレデリク殿下もいて。卒業パーティでは学院が魔物に襲われるんだけど、それまで私のせいってことにされて、ブルークレール家が王殺しの汚名を着せられて一族郎党亡命せざるを得なくなるってわけ……」
なるほど、納得した。いくらフレデリク殿下が優しいとはいえ、そんなことをされては庇いきれるはずもない。嫉妬の炎で他の令嬢を殺す王妃なんて、
「だから火事だけはなんとしても防がなきゃいけないし……もちろんネチネチした虐めも絶対あってはならないわ。でも友人達を止める手立てはないし……」
いや止めろよ、王子の婚約者なんてこの国指折りの権力者なんだからアントワネットの鶴の一声で解決だろ――そう口にする前に「美しいお嬢様方」と歯の浮くような台詞が割り込んできた。
「よろしければ、私達もご一緒させていただいてよろしいですか?」
にこにこと笑むロード・ルトガーと仏頂面のベルンハルト殿下がいた。相変わらず歩くだけで場面が華やかになる二人組である、背景になるには無理があろう。
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