転生探偵 〜探偵VS転生チート〜

晶目間昌

第0話 九練探偵消失事件


「多分ですけど、これ、探偵の仕事じゃないですよ」


 草木も眠る丑三つ時、人気のない海岸地区の倉庫街。

 積み重なったコンテナの陰に潜みながら、男がぽつりと呟いた。

 荒々しくうねる癖っ毛に、全長190センチはあろうかという巨体。

 鍛えた筋肉を黒いコートに隠し、鋭い目つきで周囲を伺うその姿は血に飢えた狼男を連想させる。

 しかし、その口調は丁寧で、かつ静かだった。


「いやいや、何を言っているのだね助手よ。これほど名探偵に相応しい事件もそうそうないぞ!」


 そんな彼の隣で、女が雰囲気にそぐわない明るい声を上げる。

 男とは対象的なすらりとした体躯に、腰まで伸ばした美しい黒髪。

 陶器のような白い肌に、切れ目の長い瞳。

 その人形のように整った顔立ちはどこか非現実的で、狐か何かが化けているようにも思わせる。


「最近は何かって言うとすぐ科学捜査で犯人が分かったり、人捜しも監視カメラやGPSで即解決とかで、ぜーんぜん面白くなかっただろう? ……でも、今回の事件は違う! なんていうかさ、計り知れないロマンを感じるんだよね。ロマン。分かるかい?」

「分かりません」

「今回の事件の裏には、これまでになかった大いなる謎の気配がある……、通算1200件以上の密室殺人事件を解決に導いてきたこの私の、天才的頭脳が挑むに相応しい、そんな謎が!」


 男の言葉を無視した黒髪美女はそんなことを言いながら、右手に持ったあんパンを頬張り、左手に持った牛乳で流し込んだ。その姿は探偵というよりかは張り込み中の刑事……、いや、そのコスプレをした女子大生にしか見えない。


「せっかく灰色の脳細胞をもって生まれたのだから、生きているうちに有効活用してあげないとかわいそうだろ? そう思わないかね、助手よ」

「いえ、別に」


 騒がしい女探偵と、寡黙な助手。

 女の名は九練曲里くねりまがりと言い、男は首藤令人すどうれいとと名乗っていた。

 端から見ていると我が儘お嬢様と彼女のままごとに付き合わされるSPか何かにしか見えない彼女たちだが、これでも迷宮入りと思われた数々の難事件をことごとく解決してきた実力派で、警察関係者や一部裏社会にも名の知れた二人である。


「ふふ……、久々の高濃度ミステリに気分が昂ぶってきた。私の灰色の脳みそは今、猛烈にギンギンしている!」

「それは多分、眠○打破を飲んでいるからですね」

「そうだけど、そうじゃない!」


 そんな二人が今回取りかかっているのは、現在この街で発生している「連続神隠し」とでも呼べる失踪事件の調査だった。

 行方不明者たちは「引きこもりの中学生」「平凡な女子高生」「ブラック企業で働くサラリーマン」「年金暮らしの老人」と世代も職種もバラバラ。いくら調べても直接の繋がりはなく、共通点も見られない。

 ただ、何の前触れもなく消えたというだけの四人。

 そんな一連の事件に関連性を見いだしたのが探偵・九練曲里だった。

 彼女は、全ての事件において被害者たちが不自然なほど何の痕跡も残さずにこの街から姿を消し、その後の足取りも全く追えなくなっていることに着目。

 調査の果てに、彼らが消えた直後、必ず現場で「もの凄いスピードで走り去る謎のトラック」が目撃されていたことを突き止めたのである。


「一連の失踪は全て、同一犯による高度な連続誘拐事件なのさ!」


 それが彼女の出した結論だった。

 そこから更に、過去に起きた事件の座標を調査しパターンを分析した彼女が「次に事件が起きる」と推理したのが、この倉庫街なのである。


「……で、事件は新月の夜に龍脈のラインをなぞるようにして起きている、でしたっけ? ……そもそも、なんなんですか、龍脈って」

「最近の助手はそんなことも知らんのか」


 うんざりした顔でため息をつく助手に、探偵が頬を膨らませる。


「まぁざっくりした説明になるが……、龍脈とは風水の用語で、大地の気のエネルギーが流れる道筋みたいなもののことだ。日本でも古来より都市計画などに応用されている」

「オカルトじゃないですか」


 令人だって、彼女が優秀な探偵であることは十分に理解している。

 だが、それでも今回の推理はあまりにも眉唾物だった。彼としては、ここ二日寝ずに怪しい古地図と睨めっこし続けていた彼女の体調の方を心配してしまう。

 そんな助手に向かって、彼女は「チッチッチ」と指を振った。


「この際、オカルトかどうかなど関係ないのだよ。問題は事件が確かに毎回新月の夜に発生しており、龍脈の上と思われる地点で発生しているという事実のみ。犯人がそれにどんな呪術的理由、宗教的意味を持たせようとしているかは知らないが……」


 彼女がそう続けようとしたところで、二人の間に一陣の風が吹いた。

 曲里が持っていたあんパンの袋が、風にさらわれて宙を舞う。


「おっとと……」


 慌ててその後を追う彼女。

 彼女はコンテナの陰から道路に飛び出し、そして、



 突如として現れた大型トラックが、彼女の身体を跳ね飛ばした。



「な……っ!?」


 あまりの急展開に、愕然とする令人。

 なにせ、つい一瞬前まで、そこに車の気配など全くなかったのだ。

 エンジン音も走行音も出さずに、ここまで接近されることなどありえない。

 それはまるで、魔法か何かでこの場所にいきなり走行中のトラックを召喚したかのような……。

 頭の片隅でそのようなことを考えながらも、令人の身体は反射的に曲里の元へと駆け寄っていた。


「先生っ!?」


 身体に欠損もなく、骨が折れている様子も見られない。

 しかし頭を打ったようで、自慢の黒髪が血に濡れていた。

 最悪の想像に、令人の心臓が早鐘を打つ。


「だ、大丈夫です。落ち着いて。救急車を呼びますから!」

「……まずは君が落ち着きたまえ」


 抱き起こされた曲里が、ゆっくりと瞼を開く。

 その目は虚ろで視線も定まらず、その様子が更に令人の心を焦らせた。


「……さすがに一瞬すぎて、運転手は見えなかったな。ありきたりな車種のトラックだが、ナンバープレートが空欄だった。どこかで付け替えるつもりなのだろうか、それとも」

「分かりました! 分かりましたから、喋らないで!」

「ふふ……」


 珍しく動揺した男の様子に、曲里は笑う。

 彼女は震える手を伸ばし、彼の頬を撫でた。


「やっぱり……」

「先生……?」


 その時、令人の目の前で不可思議な出来事が発生した。

 令人に抱きかかえられた曲里の身体が、闇夜の中でぼうっと光り始めたのだ。

 まるで彼女の命を表しているかのような、儚くて淡い緑の輝き。


「やっぱり、これは、探偵の仕事じゃ、なかった、かも……」


 それが、彼女の最後の言葉となった。

 彼女の身体は光の粒子となって解れ、

 令人が瞬きをした一瞬のうちに、もうそこからいなくなっていた。 

 


 これが、十年前に発生した「連続神隠し」最後の事件。

 九練探偵消失事件の顛末である。

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