第13話 【第1章 10ー1】

 7月の半ばになった。

「ちょっと出かけてくるから、留守番を頼んだわよ」

 家の玄関から、共香の声がした。

「どこまで?」

 千戸世が玄関に来て、聞く。

「加沼よ。特別な集まりがあって。――あら、いけない。内緒の話だったわ。とにかく、夕方には戻ってくるわ」

 共香は家を出た。――細長い何かを持って。

 家には、千戸世だけが残された。

「加沼で、集まり……」

 千戸世が呟く。

(あっ! 大変だ! アズマが、危ない)

 電話を手に取り、藤華に掛ける。

「もしもし?」藤華の声だ。

「千戸世よ。大変なの!」

 早口で千戸世が言った。

「なにがあったの」

 直ぐに藤華の声も危機感を帯びた。

「私の母が、加沼に行ったの。特別な集まりがある、って。絶対に、アズマが危険な目にってしまう!」

「ちょっと待って。なぜ、千戸世のお母さんが加沼に行くと、アズマに関係が出来てしまうの?」

 戸惑い気味の藤華。

「私の母、八上共香は、ピアール隊員なんだ」

 千戸世の口調は変わらない。

「ええっ! それは、……大変だ!」

 と藤華。

「母の言ってた『特別な集まり』は、ピアール隊の会合に違いないの。だから、アズマが、危ないんだ」

 千戸世は電話をぎゅうっと握り締めた。

「分かった。直ぐに加沼に行く。そこで合流しよう」

 藤華が言った。

「うん」と千戸世が答えると、電話が切れた。

 千戸世は電話を置くと、スニーカーを履いて、家を飛び出した。必死に走る。

(アズマ、無事でいて! 無事で、無事で……)

 加沼を囲む竹林が見えた。

「千戸世!」

 藤華が千戸世の後ろから走ってくる。

「藤華!」

 横に並んだ藤華に千戸世が言う。

「あいつが学校で言った話、陰見を通してピアール隊に伝わったんだ」

 走りながら藤華が言った。息は荒れていない。

「そうだね」

 千戸世は息が辛そうだが、藤華にしっかり付いて行く。

 竹林の中の道を駆け抜ける。いつもと変わらない、青竹の香りがする。

(まだ間に合うはずだ。まだ、大丈夫だ。間に合え、間に合え……)

 自分に暗示をかけるように、心で唱える藤華。

(私達が教えれば、アズマは逃げられる)千戸世。

 竹林を抜け切った。と同時に、二人の足が止まってしまった。

「ああっ!」

 二人は揃って声を上げた。

 湖畔に、びっしりと人がいる。誰もが、茶色い服を着ている。

 彼らは、茶色い筒――細銃さいじゅうを手にしている。

「こんなに沢山……」

 藤華が思わず声に出した。

 茶色の服の集団は、整列こそしていないが、誰も話をせずに湖を見ている。私語をつつしんでいるみたいだ。

「あら、飛び入り参加かしら? それなら、歓迎するわ」

 聞き覚えのある、澄ましたような少女の声が、静まった空気を破る。

 千戸世と藤華が振り向くと、そこに知乃と夕作がいた。どちらも、学校に着てくる格好ではない。周りと全く同じ、茶色い服を身にまとっていた。

「細銃の余りがあるか、聞いて来ようか」

 夕作が隣の知乃に言う。

「あんたたち、何をするつもり」

 藤華が厳しい口調で聞く。

「見ての通り。アズマオウをたおすのよ」

 こう言う知乃は微笑を浮かべる。

「なんて事を!」

 千戸世が言った。

「そんな言い方しないで。まるで、こっちが悪、みたいじゃない」

 知乃は千戸世と藤華のにらみに全く動じない。話し方も、丁寧そうな感じが有り続ける。

「まさか、私達の邪魔をしよう、なんて気は無いでしょうね」

 千戸世と藤華の微妙な表情の変化を、知乃は見逃してはくれなかった。

「図星。あなた達の魂胆が見えたわ」

 千戸世が「はっ」と言ってしまったのが、駄目押しとなった。

「敵よ! 捕まえて!」

 知乃が鋭く叫んだ。

 周りのピアール隊員達が素早く反応し、千戸世と藤華を捕らえた。

「放せ!」藤華が激しく抵抗する。

「放してよ!」千戸世も抗う。

 しかし、体格の良い男性にがっちりと押さえつけられていて、全く動けない。

「無駄な事は止めな。お前らに味方する人はいないし、来ない」

 夕作が、誰も聞いた事の無いような冷たい声で言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る