干支がいっしょの辰年の俳優

安部史郎

第1話

 オダギリジョーだった。

 好きな俳優だといつも云ってる妻が「すこししたら来るから、通り過ぎるところを見ていたい」と、急に立ち止まったから間違いない。わたしたちが進んでる縦の道よりほか道は見えないから、そのうちその横を突っ切る横の道が現れて来るんだろう。


 やって来た。

 横を突っ切る道ごとオダギリジョーがやって来た。それが、なにか時代がかってる。道は舗装も何も人の掌が掛かったところのないただただ踏んで出来あがっていて、そんなトーンだから、オダギリジョーの方もサッササッサのしゃれた服なぞでなく、継ぎ接ぎだけらけ前合わせまえあわせで頬かむりの馬喰ばくろうみたいな格好で、衝立ついたてを立てたようにジぃーと待ってる妻の前を過ぎていく。

 それでも、頬かむりからはみ出た髪は今よりよわい重ねた白髪しらがだったが、チョンマゲというより美容師然びようしぜんが束ねたロン毛だったし、なによりもあのぎょろりの目玉はスターのオーラが出っ放し。きっと、この役のためにロン毛を更に伸ばして白髪に染め、かつらでない自毛で臨んだのだ。

 特にファンでもない私がそんな風に感じてるのだ。推しメンを認めてる妻は、汗の匂いさえ届くあんな近くですれ違ったのだから、向こうを向きっぱなしの顔がいまごろどんな風になっているかは完璧に想像できる。


 でも、やっかみや嫉妬は起こらない。

 見栄でもとしのせいでもない。なにしろオダギリジョーとわたしは男である以外、干支が辰年であることを除いて何ひとつ同じところはないのだから。


 

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干支がいっしょの辰年の俳優 安部史郎 @abesirou

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