こぼれない言の葉

〈金森 璋〉

第1話 朝が来たから

 どうしたって、日は昇るものだから。

 ぼくたち人間が命の営みをするため、地球の片隅に居候させてもらっている限り、地球が決めた規律には逆らえない。だから結局、今日も朝が来るのだ。

 夜の間が楽しかったとか、昼間の日差しが心地いいだとか、のらりくらりと理由をつけて、ぼくは毎日やってくる朝から逃げ回るように生きてきた。

 別に、何が嫌という訳じゃあ、ないんだけれど。

 否、嫌だと考えるだけの言い訳は用意してある。用意、用意だ。

 誰もが同じことを思ったことがあるだろうと勝手に決めつけ、同時にぼくもそうなのだという漫然とした認識が、用意した言い訳を〈理由〉に昇華させる。


 何かが、始まる。

 ――兎角、始まることが怖い。


 わがままでませた子供のような、捻くれた中学生みたいな、粋がった高校生みたいな、そんな理由……言い訳。

 これで道理を通そうなどと試行することさえ、無駄だと言える最低の言い訳だ。

 この世界は常に始まり続けているのだ。始まり続け、公転自転を繰り返し、星々の間を回遊しながら地球は息をしてきた。

 それどうだ。

〈始まることが怖いから始めたくありません〉

そんな言い訳がまかり通ってたまるか。

 もしもぼくのこの感性を抱いていなかったら、きっとそう糾弾していたことだろう。

 けれど事実、ぼくは始まるのが怖い。

 言い換えると――終わりが始まるのが、怖い。

 終わるのは、嫌だ。

 別れることが、嫌いだ。

 最後などという言葉には反吐が出る。

 この世界が始まった限り、終わりが来ることは拒めない。

 だからこそ、これ以上、どんなことも始めたくない。朝さえも、来てほしくない。

 ああ、それなのに。こうして打電しているだけだったのに。

 それでも、夜を終わらせなければならない。


 ――けれど、朝が来たから。


【了】





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