『おもいだしては、いけないよ』

やましん(テンパー)

『おもいだしては、いけないよ』


 むかしむかし、遠くの町に、まややしんというひとがいました。


 あるひ、おなじ仕事場にいた、のりちゃんを好きになりました。


 ふたりで、映画を観に行ったりとかもしました。


 しかし、ちょっとおつきあいをしただけで、ふられました。


 彼女は、すぐに、おなじ会社に勤めていた別の人と、婚約しました。


 そのさきのことは、40年たったいまも、よくわかりません。


 のりちゃんは、間もなく別の職場に移ってしまっていましたからね。



 やがて、長いような、短いような、年月が過ぎ去りました。



 まややしんは、それから、40年も経ったある寒い冬の日に、一時彼女の職場だった、運動公園を尋ねました。


 真っ青だった屋根は、大分色褪せてはおりましたが、往時の姿を、まだ残しています。


 灰色の空から、雪がちらちらと降りかかってきておりました。


 もちろん、もはや、そこに、彼女がいるわけもありません。


 年老いて、病気のまややしんが、茶色の杖を抱えて、ただ、ぼんやりと、トラック脇のベンチに座っていると、小さな男の子が近寄ってきたのです。


 『やっときたね。40年待ったんだ。まったく、だめな人だね。はい。この手紙、渡すように頼まれていたんだ。』


 まややしんは、びっくりして、手紙を見つめました。


 それから、ちょっとして、顔を上げると、もう、その子はいませんでした。


 それで、なんだか、どきどきしながら、封を開けました。



 小さな紙が入っていました。



 『もう、来ないでください。のり、より。』



 まややしんは、次の日に、亡くなりましたとさ。


 

 運動公園の畔には、お地蔵さまがありました。


 縁切り地蔵さまでした。


 悪縁を切ると、言われていますが、40年前に、きっぱりと、切られていたのです。


 そんな分かりきった こと、分からなかった方が、たぶん、良かったかもしれませんね。


 それでも、いま、どんなに寒く苦しくとも、この大地には、やがて、美しい、青々とした、新しい春が来る。と、昔から歌われております。


    🌸



       🙅



       🙏

 

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