わたしたちに名前はない

散花

「わたしは、『今』が好きだよ。」

 帰り道の夕焼けで、今見えてる世界が全部オレンジ色に染まってた。

この時間があと少しで終わる。わたしは、そうやって寂しくなるから、そのオレンジ色が嫌いだったけど。


「なぁ、お前らって好きな奴とかいんの?」


 唐突に、気軽に、何気なく、なんとなく、彼はわたしたちにそう聞いた。


「はぁ? なにお前、いきなり」

もう一人いた彼、はクククと笑いながら、質問したこと自体を茶化した。

「いやぁ、特に意味もねーよっ」

わたしたちに聞いた彼も、笑いながら頭の後ろで手を組んでいる。


 少しだけ吃驚したわたしたちは顔を見合わせて、二人のふざけた笑い声につられるように笑っていた。



「わたしは──」

 わたしは、その質問に対する答えを言おうとした。

けれど同時に、いや、ほんの少し先に、それに答えはじめた声が、聞こえた。


「私は、好きな人、いるよ。」


「ぇ…………」

声になるかならないか、そんな音が喉から鳴った。



「えぇー! まじかよ!! 誰だよ!!」

「俺らに教えろよ!!」

彼らは、感情のままに大声で衝撃を伝える。

「ふふふ、教えてあげなーい」

にこにこして、彼らにいじわるをする彼女は可愛らしい顔で口角をあげていた。

「なんだよ!」

「別にいーじゃん! 減るもんじゃねえし!」

口々に騒ぎ立てる彼ら。

そんな彼らを横目に、彼女はわたしの隣に寄ってきて言った。

「ふふふ、あれ、面白いねぇ?」

わたしの顔を覗き込み、彼らを指差す。

そこでハッとしたわたしは、バレないように返事をした。

「う、うん。そうだね……ふふ」

その時ちゃんと笑えてたか、なんて覚えていない。

「なんだよ、お前らなぁ~」

そう彼らが文句を言っていたということは、うまく誤魔化せたのだろう。


わたしは、わたしが言いたかったことは、彼女と正反対だったことを。



 翌日、いつもこの四人でいることに、なんの疑問も持たなかったはずなのに。わたしは、急になんだか違和感を覚えてしまった。

その違和感は、毎日毎日少しずつ、わたしの中で大きくなっていった。


いつもこの四人でいた。

そこに、わたしもいた。

でも、なんか急に、わたしだけ浮いているような気がした。

そんな気がしたら、今までのことも全部そんな気がした。


いつから?

そう思い返すと、あの日から。

あんな、たった一言で?

わたしたちはずっと変わらないって思ってた?

彼女が、他の人と仲良くしてるところなんてみたことない。わたしたちはいつも一緒に四人でいた。

彼女の言葉は冗談かも?

その方がずっと可能性が高い。だってそう思いたいから。笑ってたし。

本当だったら?

彼らのどちらか、なのだろうか?

わからない。

でも、そうしたら、四人じゃいられない。

二人と二人にも、なれない。ならない。なりたくない。

わたしは、わたしが言いたかったのは……。




 夕焼けのオレンジ色をみると、わたしは思い出してしまう。

そして今でも、いつからわたしがそこにいなかったのか。いたのか。迷子になっていたあの頃の感情に浸ってしまうし、答えもわからないままだ。


よくある話だろう。わたしにとってもその程度の話なんだきっと。

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