クール&キュート

見切り発車P

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 二人が出会ったのはなんと幼稚園に入る前だったという。もちろん、かれんはその時のことを覚えていない。時折母親が、あなたたちは昔から本当に仲が良かったと漏らす。かれんが食事もそっちのけに、ヒカリとのメッセージに夢中になっているときなどは。性格は真逆なのにね、と母親はいつも付け加える。

 逆かどうかは別として、かれんとヒカリは確かに違う。ヒカリは短い前髪の下の涼しげな目を、いつも教室の窓の外に向けている。かれんはあんなに堂々とはサボれない。教科書やノートに一生懸命に書き込むのだが、成績はたいていヒカリのほうが上だ。唯一かれんが勝っているのは音楽だった。ヒカリの音程と来たらひどいものだ。かれんは昔ピアノを習っていたのもあって、まあ、音楽はそこそこにできる。

 二人は覚えている限りの昔から仲が良かったが、中学校に入ってからさらに仲良くなった。幼稚園に入る前からの友人は、当然のごとく家が近所である。毎日同じ道を通うことになり、二人はいつも一緒に下校していた。帰り道、その日にあった嫌なことや面白かったことをぽつぽつと話すと、なぜか気分が晴れるのだった。

「タカハシがまた、あの子をからかってたの」

 かれんがクラスの男子を話題に出すと、ヒカリは無表情のまま、

「好きなんだろう」

 と言った。

「好きな人はいじめたくなるっていうもんね。でも、私たち、もう小学生じゃないんだよ」

 かれんはそう言ってわざとらしく鼻を鳴らしてみせた。ヒカリは無表情のまま、

「小学生も中学生も変わらないさ。大人だって変わらない」

「そうかなあ。大人になればもう少し、スマートなお誘いができるようになるんじゃないかな」

「見かけはね。中身は同じだよ、大人、子供、男に女」

 ヒカリは皮肉屋だった。かれんは言い争いでヒカリに勝てた試しがない。でも嫌な気分にはならない。それはなぜだろうと考えたとき、

「ヒカリは、案外優しいよね」

「何を急に」

 ヒカリは無表情のまま、器用に驚いてみせた。

「ヒカリは私の言葉を否定するけれど、私自身を否定したことって、一回もない気がする」

 ヒカリは無表情のまま笑って、

「あなたが素敵だからですよ、かれんさん」

 と敬うように言った。


 もう中学生。かれんはそう思うと、なんだか嬉しくなった。ヒカリはああ言ったけれど、かれんは、自分が大人になったら、もっと素敵な人間になれると思っていた。もちろん、見かけも中身もだ。

 私たちはもっと成長するだろう。そして今は届かないことにも、どんどん近づいていくだろう。かれんは化粧をしたことがなかったが、するようになるだろう。かれんは恋愛をしたことがなかったが、いずれはすることになるだろう。おじいちゃんが好きなザ・ビートルズの曲にこんな一節がある。「(愛は)良い本にも悪い本にも出てくる」。ヒカリが好きそうな言い回しだ。かれんは、手元の携帯で、音楽アプリを開いた。


 次の日の朝。かれんはヒカリの姿を目で探した。二人が出かける時間は重ならないことが多い(ヒカリは朝がとても弱い)。しかし今日は、その細身の体と短い髪を、かれんは見つけた。ヒカリは普段とは様子が違っていた。

「おはよう、なんか元気ないね」

 声をかけると、ヒカリは振り返って、

「昨日さ、人間は見かけは成長するけれど、中身は同じだ、みたいなことを言ったけど」

「うん」

「間違いだった。見かけは成長し、中身は衰えることだってあるんだ」

「うん?」

 かれんは曖昧な返事をした。ヒカリは珍しく興奮気味で、

「おじいちゃんがさ、最近、どんどん、忘れてきてる。昔はすごく良かった、あんまり会っていないかれんのことだって、よく覚えていたよ。でも最近は、私のことも曖昧になってきている」

「そうなんだ、おじいさんのこと、私も覚えている」

 かれんは実際に思い出した。ヒカリのおじいさんは、かれんがヒカリの家に行ったとき、何回か挨拶を交わしている。物静かで厳格そうな人だと思ったが、ヒカリはおじいさんのことを尊敬しているようだった。

「私は自信がない。このまま、おじいちゃんと一緒に生活していくことが」

 ヒカリの弱っている姿を見ると、胸が痛んだ。かれんはヒカリの肩に手を置いた。

 そのとき、

「うわあ、やっぱりあの二人、できてたんだ」

 という声が聞こえた。かれんが振り返ると、タカハシがニヤニヤとしながらこちらを見ていた。かれんの中で何かが切れた冷たい音がした。

「あのさ、タカハシ。今すごく真面目な話をしているんだ。邪魔しないでほしい」

 かれんはそう言って、タカハシの顔を睨みつけた。タカハシはびっくりしたように、

「な、なんだよ、ヒカリみたいな口調になって」

 タカハシは素早く退散した。かれんはヒカリの肩に手を置いたままだ。その肩が震えているのに、かれんは気がついた。

「どうしたの、ヒカリ。泣いてるの?」

 ところが違った。顔を上げたヒカリは笑っていた。

「ヒカリみたいな口調か、確かにそうだ」

 ヒカリはくっくと笑うと、

「私の喋り方が移ったかな。まあ、かれんはいつもぽーっとしているから、多少は私のことを見習ってもいいと思うよ」

 ヒカリはそう言ってから、もう一度かれんの目を見て礼を言った。

「ありがとう、かれん」

「ヒカリだって、そんなに笑うこと珍しいのに、私のが移ったかな」

 かれんはそう言って、笑ってみせた。

「そうかもしれない」

 ヒカリは認めた。

「私たちは、友達の影響を受けたり、与えたりしている。成長したり衰えたりといった単純な見方は、ふさわしくなかったかもしれないな。人間は、複雑なものだよ」

 そういうヒカリは、もうすでにクールな女子に戻っていた。

 かれんは安心して、もう少し経ったら、ヒカリにビートルズの曲の話をしようと思った。

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