愛してるから××して

りこ

第1話

 僕の彼女には〝悪癖〟がある。

 浮気癖とか、手が出るとかそういうのではなくて……彼女にとっては〝愛されてるから〟こそ、らしいのだ。

 ただ僕にそんな趣味はないし、愛してる人はデロデロに甘やかして優しくしたいから……彼女のそれに応えれたことは一度もない。

 SMプレイとかそういうのでもなく(いや、プレイだとしても僕にはできないけれど)彼女は愛されてる人に──殺されたいらしい。

 付き合っているからもちろんそういう行為もする。

 嫌がっている彼女に無理やりだなんてしないし、優しく甘やかして幸せと愛を感じられるように心がけているの、だけれど。

 彼女はとろとろに蕩けたときに僕の手をとって首にあて──とろりと幸せそうに笑っていうのだ。

「私を愛してるなら殺して」

 と。

 

 

 

「哀ちゃん……泣かないで」

 ベッドでぐずるかわいい僕の彼女の頭を撫でる。

 ぱちりと可愛らしい音をたてながら払いのけられたがもう一度手を伸ばした。

 頬にかかる髪をするりと撫でればかわいい潤んだ瞳が僕を睨む。

「なんで……っ」

「うん?」

「キョウちゃんはっ、私のこと愛してないんだ……っ!」

「どうして? 愛してるよ?」

「うそっ!!」

 がばりと勢いよく起きて、涙を散らしながら僕を怒鳴りつける。

 その姿すらも愛らしくて愛しく思えるのだから末期だなあと思うけれど、彼女はとても僕に怒っている。

 黒くて大きなかわいい瞳に僕が映っているのすらとても嬉しくなってしまう。

 たぶん笑ってしまったのだと思う。ほら、嬉しいから。

 嬉しいと微笑むでしょ? そういうこと。決してバカにしてるわけじゃない。

 だって僕は哀ちゃんを世界で一番愛してる。だから、いつだってどんなときだって哀ちゃん以外を見ていない。

「ひどい……っ愛してないんだっ、わたしのことなんて……っ」

「哀ちゃんだけを愛してる。だから泣かないで」

「うそだ……なんで、」

「うん?」

「愛してるなら私を殺してくれないの」

「愛してるから殺さないんだよ」

 何度もしているこの会話。

 何度しても哀ちゃんは納得してくれない。

 どうしてなのかわからないけれど、哀ちゃんは愛してるから殺されたいらしい。

 しかもなぜか……セックスの途中で。

 なぜこのタイミング? と思うけれど、どのタイミングでもいいよ! とは思わないし言わないけれど。

 僕を睨むかわいい彼女のぷくりとしたかわいい唇にちゅうと口付けた。

「哀ちゃん、愛してるよ」

 そんなのでは絆されないとでも言いたげに、唇をキュッと結ばれる。

 拗ねた顔もかわいくてまた笑んでしまいそうになるが、ここは耐えなければ。

 哀ちゃんを悲しませたいわけではないから。僕はただただ彼女を愛しているだけ。

 笑顔が見たい。それだけなんだ。

 慰めるように腫れたまぶたに優しく唇を寄せて愛してるよと何度も告げれば、背中に腕が回されてきゅうと抱きしめられた。

「……つぎは、ころしてね」

「愛してるよ」

 

 

 

 

 ♢

 

 

 

 社会人になってから哀ちゃんの悪癖は悪化した。

 悪化したというか……不安定になったのだと思う。

 同棲はしているけれど、お互い仕事もしているから一緒にいれる時間は減ってしまった。

 わんわん泣いて、私のことなんて! と叫んだり、どうして殺してくれないの、私のこと愛してないから殺してくれないんだと、一晩中泣かれたときもある。

 僕にはどうして哀ちゃんが殺してほしいのかわからない。

 愛してるからずっと一緒にいたいんじゃないの?

 わからない。なにも。

 理由を聞いても「愛してるからだよ」としか答えてくれない。

 愛って奥が深い。

 僕の愛は、──




 出張から三日振りに帰ってきたら、家の様子が何か変だ。違和感がある。

 どこが、どんな風に? と聞かれるとわからないのだけれど。

「……哀ちゃん?」

 ああ、そっか。またお昼だから哀ちゃんは仕事。

 いま、ここにいるわけがない。

 早く顔が見たい。一緒にお風呂に入って、髪も体も全部洗ってあげよう。

 出たらふわふわのタオルで拭いて、ドライヤーで乾かして……なんて楽しく考えていたら、洗面所、寝室……僕のものじゃない男の物をいくつか見つけた。

 ……あぁ。なるほど、違和感の正体はこれかあ。

 このままゴミ箱に突っ込むべきか、帰ってきた哀ちゃんに問うべきか考える。

 何も知らないフリもできたのだけれど、知らないフリをすれば僕たちのこれからの関係がどうなるかわからなかった。

 僕は哀ちゃんを愛してる。

 これから先もずっときみと生きていきたい。愛してるから、哀ちゃんきみと生きたいんだ。

 

 

 

「おかえり、哀ちゃん」

「……ただいま! キョウちゃんもおかえり!」

 伺うような視線と取り繕うような笑顔。

 哀ちゃんきみは本当に嘘が下手だなあ。

「久しぶりだからご飯頑張ったよ。哀ちゃんの好きなのにしたからね」

「っ、へえ。ありがとう。嬉しい」

 困ったような笑顔を見せられた。

 バレてるのはわかっているのだろうけれど、僕が何を考えているのかわからないのだろう。

 お風呂……どうしようかな。話が終わったあとに入ろうか。

 お腹も空いてると思うけれど、いまの状態じゃきっとご飯も食べれそうにない。

 仕方がない。哀ちゃんもそわそわしてどうしたらいいかわからないみたいだから。

「……哀ちゃん、」

「な、なに……」

「これ、なに?」

 僕が出したのはさっき見つけた僕以外の男の物。

 哀ちゃんの目の前に広げて見せた。

「こ、れは……」

「僕のじゃないよね。……それとも僕のために買ってくれたの?」

「っ、う、浮気したの! キョウちゃんが出張行ってる間に! 家に浮気相手呼んだの!」

 泣き叫ぶ姿もかわいくてびっくりしてしまった。

 怯えて僕の顔も見れないし、僕が身動ぐたびに体をびくりと震わせるその姿は小動物みたいで。……かわいそうでかわいくて抱きしめたくてたまらない。

 あぁ、でもダメ。いま抱きしめるときっと哀ちゃん期待してしまうから。

 ちがうよ。僕はきみの思い通りの言葉はきっとだしてあげられない。きみの願う行動もなにもしてあげられないんだ。

 それはきみにとっては一番残酷なことなのかもしれない。

 でも、でもね……哀ちゃん。僕はきみが大切で大事で、宝物で。愛してるからこそ、きみの願いは叶えてあげられないんだ。

「……そっかあ」

「怒ってる、よね」

「うん」

「ならっ、なら! いま私を殺してよ! 私を愛してるから浮気なんかされたら許せないよね!?」

 ほら。哀ちゃんが望んでいたのはソレ。

 愛してるから、愛してるから……難しいね。

 愛してるから一緒にいたいのに。

 首に両手をあてれば、ほっとしたように目蓋を閉じた。

 それがあまりにもかわいくて綺麗で、僕は思わず口付ける。

 パチリと目を開けた哀ちゃんに笑いかければふにゃりと可愛く笑う。

 あーあ。なんでこんなにかわいいんだろう。こんな子が僕の彼女だなんて夢みたいだと、付き合って何年経ってもいまだに思っている。

「哀ちゃん」

「ん……、」

「僕は君を殺さないよ」

「……え、」

「そもそもそれ自体に関しては怒ってない」

「な、なんで……っ!? や、やっぱ、りわたしのこと、あいしてないっ、んだ!? あいしてないからっ、うわきしてもっ、おこらないんだ!?」

 ボロボロと大きな涙を流しながら叫ばれる。かわいい瞳が滲んでは大きな粒を落としていくのをじっと眺めて、綺麗だなあと思っていた。

 見惚れている場合じゃない。それはいまじゃない。

 哀ちゃんはいつでもどんなときでも可愛くて愛しくて美しいけれど、泣いてる哀ちゃんを放置してまで浸っていなくていい。

 哀ちゃんが一番輝くのは笑っているときだから。

「ちがうよ。愛してるから、だよ」

「うそっ、うそだ! キョウちゃんは私を愛してない!!」

「……哀ちゃん。僕はきみを信じてる。それは愛してるからだ。……浮気、してないよね」

 首にあてていた手を頬へと滑らせて、涙を拭った。

 大きな瞳を見開いて〝どうして〟とでも言いたげに僕を見つめるから、あぁやっぱり嘘が下手だなあと苦笑してしまう。

 最後まで嘘を貫き通せない、きみの正直で純粋なところが僕はずっと大好きだ。

「哀ちゃん。正直に言って」

「ぁ、して、し、」

「うん」

「…………して、な……い、」

「だよね。わかってたよ」

「な、んで……」

 抱きしめて頭を撫でる。だってきみが愛しいから。

 泣かないでほしいんだ。笑ってほしいんだ。僕といて幸せだと感じてほしい。

 僕にはきみだけだと信じてほしい。

「だって哀ちゃん、──僕のこと愛してるから」

 わんわん泣く哀ちゃんにたくさんの愛を伝える。

 いますぐに信じられなくていい。

 でも、でもね。僕はきみの愛を信じてる。

 だからわかるんだ。きみの嘘も。

 僕がきみを愛してるうちに殺されたい、だなんてそんなのもったいないよ。

 きみがきみである限り、ずっと愛してるのに。

 二人で一緒に生きていたいんだ。

 願わくば、僕より少しでも長生きしてほしいし……僕の最期を哀ちゃんに看取ってほしい。

 ねえ、哀ちゃん。結婚、しよっか。

 

 

 

 

 

 

 

「哀ちゃん」

「うん〜?」

「最近言わないね」

「? なにを」

「愛してるからって」

「……あー。うん。そうだね……」

「どう思ってる?」

「うん?」

「僕はきみを愛してるんだけど」

「ふふ。うん。……私もキョウちゃんを愛してる……から、一緒に生きたい。キョウちゃんと私と、三人で」

 大きくなったお腹を撫でて笑う哀ちゃんに口付けた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛してるから××して りこ @mican154

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ