第19話 もうひとつの事件

 まさか、桐原先生との、ばかげた噂のこと聞かれるんじゃないでしょうね。

 嫌な予感に潰されそうになりながら、校長室をノックする。


「2年C組、瀬尾小萩です。失礼します」


 入ったとたん、見覚えのある顔。


「刑事さん!」


 校長先生、教頭先生の他に、あの人の良さそうな刑事さんがいたのだ。


「やあ、突然呼び出して悪かったね」


 刑事さんに呼び出されたんだ……。


「君は昨日の事件の第一発見者らしいね。そのことで、こちらの刑事さんが聞きたいことがあるそうなんだ」


 どことなくおじいさんタヌキを連想させる校長先生が、まあ座ってと椅子を勧めてくれた。


 校長先生の背広から、お父さんと同じタバコの匂いがした。わたしはこの匂いが好きになれない。ほかのタバコは平気なんだけど。なんて言う銘柄だったっけ。

 海籐先輩の親戚にあたる校長先生は、先輩とぜんぜん似通ったところがない。


 背が高くて、目の細い教頭先生は立ったままだ。前から思っていたんだけど顔色の悪い人だ。青ざめているような感じ。

 それにしてもどうしてわたしひとりなんだろう。第一発見者は小松君も一緒なのに。不安が顔に出たのか、刑事さんが


「いや、難しい事じゃない。ただ、一般女子高生の意見を聞きたいだけなんだ」


 えっ?


「いやあね、桂木奈緒君なんだが、高校生にもなって通学路を求めるのはおかしいかもしれないんだが、だいぶ帰り道とはずれていてね」


 えっ?


「君だったら、桂木君を知っていたようだし、何か知らないかと思ってね」


 そーゆうわけか。


「わたし、見かけたことがあっただけで、名前を知ったのも後からなんです。ただ、キレーな子だったから覚えていただけで」


「そうか。じゃあ、女の子が寄り道をするのはあたりまえかね?」


「ええ、普通ですね」


 刑事さんは演技めいて目を泳がせた。なかなか茶目っ気のある人だ。


「君もあそこにいたのは寄り道かね?」


 ええっ? いきなり振らないでよ。頭がパニックをはじめる。

 けど、家を調べれば、あきらかだものね。

 全くの別方向ではないけれど、帰路ではない。


「……遠回りです」


「ああ、そういえば彼と一緒だったもんな」


 ここで否定しても話が長くなるだけだ。だから、そのままだ。ごめん、小松。

 わたしは形だけうつむく。


「いや、責めてなんかいないよ。学業に差し支えない程度に、恋愛はあるべきだからね」


 学業ときたよ。トホホ。なんでわたしがこんな目に。

 けど、変なの。何で被害者を調べるのかしら。


「それから何度も聞いたが、本当に誰も見かけなかったかね。いや、人じゃなくても何か気がついたことないかね?」


「はい、見ていないし、気づいたこともありません」


 それは確かだから頷く。でも、本当にしつこいな。

 顔色を見て取ったのか、


「申し訳ないね。別件であの地域を調べなくちゃいけなくてね」


 別件?


「別件とおっしゃいますと?」


 教頭先生だった。細い目が陰湿に光を放つ。今年から就任したこの教頭先生をどうも好きになれない。まあ、関わるのなんてひと月に1回の朝礼だけなんだけどさ。


「実は同日、青柳高校の生徒が亡くなりましてね」


 青柳って超有名進学校の?


「……事故ですか?」


 教頭先生が尋ねる。

 刑事さんの言い方は、何か含みがありそうな感じがしたもんな。


「違うのですか?」


 校長先生が促す。

 刑事さんはチラっとわたしを見て、告げるのを少しだけためらった。


「殺人事件の可能性があります」


 うわあ、殺人事件だって。


「犯人は捕まっていないのですか?」


 校長先生が口をパクパク。


「はい、わかっていないことが多いのです。ただ桂木君の被害に遭ったあたりを通った可能性が高いのです。髪切り魔の被害にあっただけ、桂木君は運がいいのでしょうかね?」


 恐っ。

 あの辺りで髪切り魔と殺人犯がニアミスしてたってこと?

 何が起こるかわからないものだ。

 偶然は凄いっていうか、怖いっていうか。


「瀬尾君、君、〝アクセル〟を知っているかね?」


「アクセル、ですか?」


 校長先生と教頭先生の顔色がさあっと青ざめた。


「車を運転するときに踏むやつですよね?」 


 刑事さんはわたしを探るように見た。


「〝アクセル〟と関係があるのですか?」


 教頭先生が尋ねる。


 どうやらわたしの知らない〝アクセル〟らしい。


「教頭先生」


 校長が教頭をとめてわたしに目を走らせる。わたしには聞かせたくないことらしい。その話はストップしてしまった。

 刑事さんとのお話が終わり、見送った後教頭先生に呼び止められた。


「本当に何も見ていないのですね?」


「はい」


「……何か思い出したら、私に言って下さいね。連絡を取ってあげます」


 名刺をもらっているので自分で連絡できますと言えばいいのに、頷いていた。


「……はい」


 わたしは、後ろ髪を引かれるような気持ちで、校長室を後にした。

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