僕の赤い糸だけ切れてるんですけど……

マノイ

本編

「ねぇねぇ聞いた? 三組の上田うえだ君と一組の小長谷こながやさんが付き合いだしたんだって」

「マジで? またなの?」

「これで今月カップル成立四組目だっけ。凄いよね」

「良いなぁ。私も彼氏欲しい」


 現在、僕が通っている高校では空前の恋愛ブームだ。

 毎月何組ものカップルが成立し、学校中に甘いムードが漂っている。


 僕のクラスでも二組のカップルがいて、これまで人気ひとけが無かった場所に最近は誰かしら居るからイチャイチャする場所が無いなんて嘆いている姿を見かける。


 幸せそうで何よりだ。


 尤も、こうなった原因は僕こと南方みなかたあおいのせいだったりする。


「南方君、ミッションコンプリートだよ」

「相変わらず蒼の見立てはすげぇな」


 そう僕に話しかけてくるのは、中学から一緒の友達であり恋人同士の男女、碓氷うすい ひとし遠藤えんどう 盛夏せいかだ。

 この二人は僕が最初に仲をとりもった間柄。


「あはは、僕のことを信じてくれる二人のおかげだよ」

「何言ってるんだよ。俺とお前の仲だろ。信じるに決まってるさ」

「そうそう、それにこれだけ結果が出たら信じるしかないでしょ」


 僕は『運命の赤い糸』が見える。


 誰かの小指に巻きつけられた一本の糸は、他の誰かのものと繋がっている。

 どうやらその糸で結ばれた男女は幸せな毎日を送れるらしい。


 もちろん僕はまだ高校生なので、それが一生を共に過ごす程の効力があるのかは分からない。

 でも少なくとも僕が見てきた中で、赤い糸で結ばれたカップルが破局するのを見たことはないし、どのカップルもとても幸せそうに見える。


 赤い糸が見える話を碓氷君と遠藤さんに伝えたら、彼らは『それなら試してみよう』なんて言って、僕が見つけた赤い糸で結ばれた男女をくっつけようと画策するようになった。

 そしてその結果、僕の周辺は恋人だらけになってしまった、というわけだ。


「でもさ、俺達が本当に幸せになって欲しいのはお前なんだけどな」

「そうそう、南方君のパートナーは何処にいるんだろうね」

「僕の方が聞きたいくらいだよ」

「やっぱり誰か紹介しようか?」

「その糸って変化するんでしょ?」


 運命の赤い糸の相手は、実は変化する。


 例えば赤い糸で結ばれていない男女が交際を始め、時間が経つとその二人の糸が結ばれていた、なんてこともあった。

 色々と考えた結果、この赤い糸は『その時点でお互いに幸せになれる一番の相手』を表しているのだと思う。

 だから二番目以降の相手であっても、関係性を深めることで一番の相手に上書きされることがあるのだろう。


「いやいや、遠慮しておくよ。だって運命の相手が他にいるってのに付き合おうとするなんて、まるで奪ってるみたいで気持ち悪いもん」

「運命が見えるってのも良いことだけじゃないってことか」

「ぶー、南方君だけ幸せになれないなんて、悲しいよ~」


 僕の事を想ってくれる二人には本当に頭があがらない。


「大人になったら自由に旅行とか出来るようになるだろうし、そうしたらゆっくりと探すよ。そういうのも楽しそうでしょ」


 運命の相手を探す旅をするなんて、素敵じゃないか。


「蒼はロマンチストだな」

「良いじゃん。素敵だよ」


 どうやら今日はこれで引き下がってくれそうだ。


「おっと予鈴がなったか。じゃあな」

「また運命のペア見つけたら教えてね」


 昼休みが終わり、彼らは各々の教室に戻って行く。


 ごめんね。


 心配かけさせたくなかったから、僕は君達に嘘をついている。


 ふと、自分の左手小指を見る。


 そこに巻きつけられた赤い糸は、途中でぷっつりと切れていた。


――――――――


 赤い糸が切れている。


 つまり僕には運命の相手が居ないということだ。


 他の人は誰しも糸が結ばれ繋がっているのに、僕だけが切れている。


 そのことに激しいショックを受けた時もあった。

 赤い糸で結ばれた男女を見て嫉妬で狂いそうになる時もあった。


 でもどれだけ嘆こうが苦しもうが現実は変わらない。

 もう僕は恋が出来ないのだと、今ではもう諦めている。


「だからって人の恋愛を楽しむようになったのは歪んじゃってるのかなぁ」


 碓氷君たちのおかげで、周囲は赤い糸で結ばれたカップルだらけ。

 僕はその幸せな様子を見ると、心が温かくなって幸せな気持ちになる。


 それはまるで物語の中の登場人物が結ばれて幸せになった時のような感覚。

 運命の赤い糸が見えるからこそ、カップル達が仲睦まじい様子が絵になるのだ。


「今日も世界はピンク色でなによりだ」


 なんて自嘲気味に廊下を歩いていた時のこと。


「キューピッドさん。ちょっと良いかしら」

「え?」


 突然背後から声をかけられた。


 振り返るとそこに居たのは学年一の美少女として有名な荻野おぎのかえでさんだった。

 背が高くてスリムな体型で少し勝気な瞳。

 可愛いというよりも綺麗とか格好良いが似合いそうな雰囲気の女性だ。


「最近この学校で付き合う男女が増えているのってあなたが原因なんですって?」

「どうしてそう思うんですか?」

「どうしても何も、あなた普通に教室でそんな話をしているそうじゃない」


 あんな話なんて誰も信じないと思って特に秘密にはしていなかったけれど、信じる人も居たんだなぁ。


「冗談だから間に受けないでください」

「でもあなたの友人がくっつけて周っているってのは事実でしょ」

「二人の力ですよ」


 これは事実だ。

 だって、例え運命の相手だとしても、全く接点の無い二人をくっつけようだなんて、僕だったらどうして良いか分からないもん。


 成功しているのは、間違いなく碓氷君たちの力によるものだ。


「謙虚なのね」

「本気ですって」


 ちらりと、僕はいつもの癖で荻野さんの左手小指を見る。

 その赤い糸の先は、学校外へ向かって伸びていた。


「赤い糸が見えたのかしら」

「!?」


 まさか荻野さんは僕が運命の赤い糸が見えていると本気で思っているの?


「お願いがあるの。放課後、ここに来て」


 荻野さんに押し付けられた紙には、使われてない部室を示す地図が書かれていた。


 僕の都合も聞かない勝手なお願いだ。

 美少女だからって言いなりになんかならないぞ、とも思う。


「…………」


 でも荻野さんの目が不安に揺れていることに気付いてしまった僕に、選択肢は無かった。


――――――――


 放課後。

 元文芸部の部室だったらしいそこで、荻野さんと向かい合う。


「私の運命の赤い糸は何処に繋がっているのかしら」


 そんな話だろうとは思った。


 彼女が僕の能力を信じているのなら、自分の相手を聞きたくなるのは自然なことだから。

 そしてそれは他の人には聞かれたくないセンシティブな話だからこうして呼び出した。


「言えません」

「どうして?」

「荻野さんを悲しませてしまうかもしれませんので」


 もしも荻野さんに恋する相手がいて、僕が見た相手が別人だったら悲しむかもしれない。

 だから僕はこれまでも直接誰かに『あの人が運命の相手ですよ』なんて言ったことはない。


「優しいのね。大丈夫よ、ショックなんて受けないから。教えて頂戴」


 荻野さんは僕の言葉を理解した上で、それでも聞いて来た。

 本気で言っているっぽい雰囲気だから、それなら言っても良いかな。


「学外の誰かだと思います」

「あら、そう」


 本当にショックを受けて無さそうだ。

 喜ぶでも無く、悲しむでも無く、反応がとても淡白。


 あれ、でもそれじゃあ何で聞いて来たのだろうか。


「赤い糸の相手って変わるの?」


 変わる可能性があることを教える。


「ふ~ん、そう」


 相変わらず反応が淡白だ。


 本題は別にあるってことなのかな。

 だとするとそろそろ本題を話してもらいたいな。


 と思っていたら彼女はとんでもない爆弾を落として来た。




「君の運命の相手は誰なの?」




 予想外の質問に、ひゅっ、と息が止まりかけた。


 落ち着こう。

 別に荻野さんは僕の糸が切れていることに気付いている訳では無い筈だ。


「分かりません」


 こうでも言っておけば、近くに居ない誰かとでも勝手に勘違いしてくれるかな。


「じゃあさ」


 そこで荻野さんは何かを言い淀んだ。


「…………」

「…………」


 彼女はそのまま何かを言いかけては止め、言いかけては止めを繰り返す。


 もしかしたらこれから言おうとしていることが本題なのかな。

 でもこの話の流れで『じゃあさ』から始まる内容って何なのだろう。


 荻野さんの瞳がまた不安に揺れている。


「…………」

「…………」


 僕はどうしたら良いのだろうか。


 言葉を催促するのは何か違う気がする。

 でもこのまま待ち続けるのも居心地が悪い。

 もう少しヒントがあれば、上手く言葉を引き出せるように後押しできるのに。


 まぁいいや。

 別に用事がある訳でもないし、気長に待とう。

 

 美少女と二人きりなんてレアな経験をしているんだ。

 ありがたく鑑賞させてもらうことにする。


 一分か、二分か、それ以上か。

 一人観賞会を続けていた僕に向けて、ついに続きの言葉が紡がれた。




「私と……付き合わない?」




 え?


 聞き間違い、じゃないよね。


「どうして?」


 素直な疑問が口をついた。


 僕も彼女も別に運命の相手がいる。

 それを確認したにも関わらず付き合おうだなんて、意味が分からない。


「だ、だって、赤い糸の相手ってお互い知らない人なんでしょ。それに変わることもあるんでしょ。それなら……その……」


 え、まって、もじもじしてるの超可愛いんだけど。


 じゃなくて、僕、マジで告白されてるの!?!?!?!?


 時間差で驚きがやってきた。

 恋愛を諦めていた僕が、まさか告白されるなんて思わなかったから。

 もしかして廊下で会った時から今に至るまで淡白な反応だったのって、緊張してたから!?


 荻野さんは美少女だ。

 彼女と付き合えるなんて、きっと幸せな事なのだろう。


 でもダメなんだよ。


 僕らは幸せになれないんだ。

 だって僕の赤い糸は切れている。

 幸せになれる相手はこの世に存在しない。


 だとすると荻野さんと付き合っても彼女を不幸にするに違いないから。


「ごめんなさい」

「っ!?」


 悲しい顔をさせてしまった。

 胸が痛い。

 女の子には幸せな気持ちになって欲しいのに、真逆の気持ちにさせてしまった。


 本当にごめんなさい。


「どうして、なの?」

「…………」

「運命の相手じゃないから?」

「…………」

「そんなこと私は気にしない!」


 ああ、これが恋なんだ。

 僕はいつも当事者じゃないから知らなかった。


 こんなにも激しく気持ちがぶつかってくるものだったんだ。


 彼女は真剣にぶつかってきてくれた。

 だから僕も本当のことを言おう。


「僕は」


 びくり、と彼女の肩が震えた。

 告白を断る理由を聞かされると知り、恐怖を感じているのだろう。


「赤い糸が切れてるんだ」


 左手の小指を彼女に見せる。

 そして僕にしか見えないその切断部分を右手の人差し指で指した。


 荻野さんは聡明な人だ。

 何故僕が告白を断ったのか、その理由をすぐに理解してくれた。


 下唇を薄く噛んで、悔しそうにしている。


 僕も悔しい。

 恋がこんなにも心を動かすものなんだって知ってしまったから。

 諦めてしまった恋を、また求めたくなってしまったから。


 どうして僕の糸は切れているのだろうか。

 涙が零れそうになり、それを誤魔化すように上を向いた。


「だったら」


 え?


 いつの間にか、荻野さんが近くに寄って来ていた。

 そして僕の左手に手を添える。


「これで良いでしょ!」


 まさか事前に用意していたの?


「ほら、これで私と君は赤い糸で結ばれた!」


 あははは。

 物理的に糸で繋げるなんて、そんなの反則だよ。

 

「不幸になっても良い。後悔するかもしれない。それでも私は君と付き合いたい」


 荻野さんは諦めない。

 強い眼差しで、必死に僕に自分の気持ちを訴えかけてくる。


「どうして……僕を?」


 荻野さんと話をするのは今日が最初の筈だ。

 ここまで想われるのは何故なのだろうか。


「君が恋人達を見る眼差しが、とても温かかったから」

「え?」

「他人の幸せを心の底から喜べる君を見て、好きになった」


 そんなことで?


「そんなことで、って顔してるね」


 バレた。


「人は案外、嫉妬深いんだよ。羨ましい、自分もああなりたい、どうしてもそんな嫉妬や羨望が生まれてしまい素直に祝福できないの。でも君からは純粋な歓びしか感じられなかった。それがとても美しくて……ほ、惚れてしまったの」


 どうしよう。


 嬉しい。

 とても嬉しい。


 本気で好きになって貰えたことも、不幸になってでも付き合いたいと情熱的にアプローチしてくれたことも、凄く嬉しい。


 でも不安だ。

 彼女を傷つけてしまうかと思うと、どうしても前に進めない。


「もう一度言うね。君が……す、好き」


 怖気づく僕を、荻野さんは強引に引っ張って来る。


「赤い糸が何だ、運命が何だ、そんなの知ったこっちゃない。私は自分の意思で君を選ぶ」


 心の全てをぶつけて、僕の心の枷をぶっ壊しに来る。

 

「君と付き合いたいの」


 まったく、ここまで言われて断れるわけがないじゃないか。


「よ、よろしくお願いします」

「~~~~っ!」


 うわ、うわわ、思いっきり抱き締められた。


「痛い痛い」

「え、あ、ごめん!」


 左手の小指同士が糸で結ばれているから、思いっきり引っ張られて滅茶苦茶痛かった。


「もうちょっと糸を長くしてくれれば良かったのに。ってあれ?」

「どうしたの?」


 痛む指をさすっていたら信じられないものを見た。


「繋がってる……」


 リアルだけではない。

 僕だけにしか見えない、切れていたはずの糸が、荻野さんと繋がっていた。


「運命も私達を認めてくれたってことだね」


 もしそうだとするのなら、それは荻野さんが恋に必死だったからだ。


 僕はまだ何もしていない。


 だからこれから頑張ろう。


 情熱的で心を焦がすような恋をして、運命なんかに惑わされずに、萩原さんと幸せになろう。


 僕の恋はまだ始まったばかりだ。

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僕の赤い糸だけ切れてるんですけど…… マノイ @aimon36

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