第3話
さて、こんなところに長居は無用、出発しようかと思ったら、そういえば深夜だった。
視界が明るいと感じるのは僕が吸血鬼だからで、リリィにしてみれば「かろうじてものの輪郭が見える」程度の明るさしかないそうだ。
小さくした屋敷を元に戻しても良かったが、今は魔法でどれだけのことができるか試したい気持ちが大きい。
ということで、屋敷跡地に見た目小さな、木こりの小屋のようなものを創った。
「よし、想像以上に上手くできた」
「これ、どうなっているのですか……?」
中に入ったリリィが唖然とする。
見た目小さいけど中は広いという屋敷にしてみたのだ。
魔法を使いこなせるようになってから、魔法の仕組みも同時になんとなく理解できた。
「空間ってのは限定的なものだけど、時間的次元を操れば、一定の空間にほぼ無限の質量を詰め込めるんだ」
一行で解説してみたが、リリィは「はい?」と表情に疑問を浮かべた。
「んー……まあ、不思議空間とでも思ってもらえれば」
「は、はぁ」
よくわからないが納得した、といったところだろうか。ま、言ってる僕も説明はできても仕組みは意味不明だし。
屋敷の中には部屋を二つ造り、それぞれにフッカフカのキングサイズベッドを置いた。
「あと、はい」
今度は指をリリィに向ける。
ボロボロのワンピースをきれいなネグリジェに変えた。
「ごめん、今まで服のこと気にしてなかった。朝にはちゃんとした服にするよ」
「いいえ、ありがとうございます!」
僕も自分の肩のあたりを指でトンと叩き、寝衣姿になる。
寝るときは寝巻きに着替えないと落ち着かない。
「では、失礼します。おやすみなさい」
「おやすみ」
リリィは寝室に入って、どうやらすぐに眠ったらしい。
僕はというと……眠れる気がしなかった。
なにせ吸血鬼だもんなぁ。夜は一番元気な時間だ。
無理やり眠るのも勿体ない気がしたので、僕は寝衣を元の服に戻し、家から外へ出た。
森の空気はひんやりして寒いくらいだ。
魔法で自分を空気の膜で包み、内部を温めた。
それから、宙に浮き、そのまま行けるところまで高く飛んでみる。
……どこまでも行けそうだったので、程々のところで上昇を止めた。
視力も良くなっているようで、遥か遠くにある人里の明かりを確認できた。
森のすぐ外にも明かりが見える。おそらくあれがリリィの住んでいた村だろう。
遠くの明かりの方へ飛ぼうと念じると、一瞬で明かりの真上へ移動した。瞬間移動までできるのか。
深夜だというのに、家の外には人影がちらほら見える。
この世界の文化レベルは未だ把握しきれていないが、すべての人が日没とともに眠るわけではなさそうだ。
自分の姿を他人から見えないようにして町に降り立ち、あちこち周ってみた。
酒場が一番、騒がしかった。
元の世界で未成年だった僕は、酒の味を知らない。
手に魔法で中身入りの酒瓶を創り、一口飲んでみる。
意外と美味しい。僕が魔法で創ったためなのか、僕の舌が酒に対応しているのかは判別がつかないので、今度飲むときは普通に売っているものを買おう。
次に賑やかなのは、町で一番大きな建物だ。
「ぼうけんしゃぎるど……ああ、ここが」
日本語でもアルファベットでもない不思議な形の文字はすらすらと読めて、意味もわかる。
中へ入ると、ゴツい身体の人たちが大勢いた。
受付らしきところで何事か話したり、小さな革袋を受け取ったりしている人もいれば、壁際にあるテーブルで他の人と談笑しつつ酒を呷っている人もいる。
意識を集中すると、それぞれの会話が脳内で別々に処理された。
「森向こうの村にまた魔物が出はじめたらしい」
「こっちにもエールおかわりだ!」
「近くの吸血鬼はもういないんだろう?」
「王太子様が結婚相手を探してるってさ」
「やれやれ、いつまでこの仕事を続けられるかねぇ」
他愛のない会話から、僕に直接関係あるもの、大半の人には縁遠い世界の話まで内容は様々だ。
錯綜する情報の中から、必要そうなものだけ取り出して考えをまとめてみる。
リリィを生贄に差し出すような村を襲うという魔物を、放っておくべきか否か。
生贄にしようと言い出したのはリリィの継母かもしれないが、それを受け入れてリリィを送り出した村の人達もどうかしている。
生贄を出さなければ魔物を防げない、更に被害が出るというのであれば、致し方ない犠牲なのだろうか。
とはいえ、あの村の近くの吸血鬼はもういない。
居たとしても、僕だ。魔物を退治するとか無理。血が流れるじゃん。
……念のため、リリィの意見を聞いてみよう。
リリィが村を救いたいというなら、周辺の魔物を――僕の視界に入らないような形でできるなら――始末しておこう。
それと、僕の今後の仕事のことだ。
リリィの言った通り、この世界の人間は誰でも魔力を持っていて、魔法が使える。
ただ、魔力量によって威力が異なり、魔法の種類によって得手不得手があるようだ。
僕はというと、人間が使える魔法ならば何でも使える。
治癒魔法も、試していないが恐らく大丈夫だろう。
冒険者の中には、仲間に治癒魔法使いがおらず、毎回怪我をしたまま町へ戻ってきて、治癒魔法使いに治療を頼んでいる人もいる。
怪我を魔法で治すだけなら、僕にもできるんじゃないか。
簡単にそう考えてから、思い直す。
これはない。
怪我を見るということは、血を見ることと同義じゃないか。
他に、簡単な魔法で成り立つ職業のヒントは聞けなかった。
魔法で全てがなんとかなるなら、森に引きこもって魔法で生活すれば……。
あれこれ考えているうちに、空が白々と明るくなってきた。もう夜明け前か。
眠くはないが、今後リリィとの生活を考えると、どうにかして昼型になっておいたほうが良い。少しは眠っておこう。
森の小屋へ瞬間移動して、再び寝衣に着替えてベッドへ寝転んだ。
意外にもすんなり眠ることができた。
日が完全に上った頃に起きると、小屋の共用スペースでリリィが食事の支度をしていた。
「おはようございます」
「おはよ、寝すぎちゃったかな」
詫びつつ支度を手伝おうとすると、リリィにやんわり断られた。
「家事は私に任せてください」
「お任せするつもりではあるけど、手伝いはするよ」
自分のことは自分でやるし、僕に手助けできることならする。
当然のことなのに、リリィは驚いた顔をした。
「ですが、私を養ってくださるのですよね? でしたら、私の仕事は全部私がやらなければ」
「いけない? そんなことないよ。例えばリリィが体調を崩したら、僕が代わりに家事やるし、そのときのために慣れておきた……りっ、リリィ!?」
リリィの綺麗な蒼い両目から、涙がぽろぽろとこぼれた。
「ど、どうしたの?」
リリィのすぐ近くで膝をついてリリィを見上げると、リリィはネグリジェの袖で目をごしごしと拭った。
「失礼しました。その……家では、自分の仕事を誰かに手伝ってもらったりすると、あの……罰を受けたものですから……」
なんて家だ。
「誰がリリィの仕事を手伝ったとしても、誰にも罰させやしないよ」
僕が熱を込めて言うと、リリィは口をぐっとヘの字に曲げた。
「僕が養う限り、誰にもリリィを傷つけさせない。万が一誰かがリリィを泣かすようなことをしたら、僕がそいつの首にかじりついて、血を一滴残らず飲んでやる」
僕の渾身の吸血鬼ジョークは、無事リリィに届いたらしい。
リリィは「フフッ」と吹き出して、笑顔になった。
「レイヤ様、血は苦手だと仰っていたじゃないですか」
「そうだっけ?」
僕がすっとぼけてみせると、リリィはまた笑った。
「はい、できた。どうかな?」
「わあ……こんな素敵な髪型初めてです。器用なのですね」
朝食後、リリィに普段着を着せた後、髪の毛をいじらせてもらった。
妹が生きていた頃によくヘアカタログを見せられては髪をセットさせられていた経験が生きた。
と言っても、リリィの髪は櫛で梳くだけでサラサラツヤツヤになったから、緩くまとめてアップにしただけだ。
リリィに着せた服も、妹のものを頭に思い浮かべながら魔法を使ったら、うまい具合にこの世界に馴染んだ格好になった。魔法って便利だ。
「……あの、レイヤ様は鏡に映らないのですか?」
リリィが持っている手鏡は、僕が魔法で創ったものだ。手鏡をいろいろな角度に傾けていたのは、手鏡越しに僕を見ようとしていたからか。
「そうみたい。水面とかにも映らなかったよ」
「では、ご自分のお姿をご存じないのですか」
「うん」
前髪が視界に入るから金髪であることは知っているが、自分の顔立ちはまだ見たことがない。
リリィの反応を見るに、そう悪くない顔だろう。
「魔法で、ご自分の姿も映る鏡というのは、創れませんか」
「その手があったか」
僕は魔法を使い始めて二日目の超初心者だ。
どんな魔法でも使えるらしいのに、まだ自分の可能性を計りかねている。
早速、自分の姿をも映す手鏡を創ってみた。
「どれどれ……うっわ」
そこには、やたらキラキラした王子様タイプの美男子がいた。
瞳の色は赤で、耳の先が人間より尖っている。
これが今生の僕の顔か。
前の世界では顔立ちのせいであまり良い目を見なかった。
こんな顔で、この先やっていけるだろうか。
いや待てよ、ここは前の世界とは違う。
もしかしたら美醜感覚が逆転してるかもしれないし、この顔が標準装備だったりするかもしれない。
「この世界の人って、こういう顔の人、多かったりする? 平凡の部類に入る?」
「いいえ、レイヤ様はとても格好良いです。レイヤ様より素敵なお方なんて、見たことありません」
リリィに断言されてしまった。
「そっ……か、ありがとう」
前の世界で顔を褒められるのには慣れていたはずなのに、美少女のリリィに言われると、なんだか舞い上がってしまう。
いやいや、顔を褒められただけで調子に乗ってはいけない。
僕が今考えるべきことは、リリィを養う具体案だ。
見た目小さな小屋を魔法で消し、リリィを抱き上げて空高くて飛び上がる。
「森の向こうに町があるでしょ。あのさらに向こうに別の森があるんだ。ひとまずそこはどうかな」
いきなり町に住むのはハードルが高い気がして、こう提案した。
森に例の屋敷を建てて住み、少しずつ街の様子を探りつつ、僕にできる仕事を探そうという魂胆だ。
「レイヤ様が決めたことなら、何でもどこでも構いません」
リリィはこちらが心配になるくらい無欲だった。
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