第5羽 僕たちは一人だった
何もない。何も見えない
どこまでも続くような真っ暗闇の中で、ぼくは浮かんでるだけ
こんなところで、いったい何をしろっていうんだ
つまらないったらありゃしない
きっと、死ぬまでずっとこうなんだろうな
この世が終わるまで、いや、終わっても……
『フォル』
ん?何か今声がした?いや、そんなわけないか
『フォルン』
いや、やっぱり誰かいる!誰なの?ぼくの名前を呼んでるの?
『フォルン、そのつばさ、――てよ』
へ?つばさを、なんだって?
『フォルン、そのつばさ、どけてよ。みえないよ』
どける?いま、つばさをどうしてるんだったっけ。あそっか。目の前で折りたたんでるから前が見えないんだよね。でも、なにが見えるの?どうやってどけるの?つばさがなんでか動かないよ
『フォルン、どけてよ。ぼくたち、みえないよ』
『ねえ、どけてよ。フォルン』
『ねえ、フォルンったら』
『フォルン』
『フォルン』『フォルン』
『フォルン』『フォルン』『フォルン』『フォルン』『フォルン』
ねえ、誰なの?ぼくを呼ぶのは
◇◇◇
「私だ」
「はえっ!?」
聞こえてくる声が突然低くなって飛び起きた。目の前が明るくなったと思ったら、目の前に現れた鋭い目をした渋い顔が、僕をにらみつけている。
「学校で居眠り、さらに授業妨害の寝言とは、たいした度胸をもった生徒のようだな。フォルン」
周りには部屋いっぱいに並べられた机に、まんべんなく他の天使たちが座っていた。
――ああ、ただの夢だったのか。
「今週に入って君を注意するのは五回目だ。一日一回のペースで怒られているようでは、進級は無いと思った方がいい」
そう冷たいことを言い残して、コワモテの天使は黒板へと戻っていった。ようやく先生の目から解放されたと思い背伸びをすると、今度は周りからの視線が集まってきていたのに気づいた。
――おいおいまたかよフォルン
――どうやったらあんな寝言が出てくるんだよ
ほかの
「フォルン、おはよ。いい夢だった??」
そっか、ハニエがとなりにいたんだった。
なぜかそれに救われたような気がして、少し口元がゆるんだ。とは言っても、さっきまで見ていた夢の内容が、驚くほどに全く思い出せなかった。
「うーん、まあ」
「ふーん、そっか。ノート、あとで見せてあげよっか?」
「うん。おねがい」
学校に入ってからずっとハニエに頼りっぱなしだな。もうちょっと自分で頑張ろうって思うんだけど、先生のつまんない話ばっかりだと、どうしても眠くなっちゃうんだよな。
「この前も触れたように、神は遠い昔のある日、天使とこの大地をお造りになった。我々は人間とは比べ物にならないほどの長寿を得た代わりに、この星上界をより良い楽園にする責務も同時に与えられている。この責務とは、君たちが働く場所によって違っていて――」
◇◇◇
――おい…おい!
――こいつ、また寝てやがりますぜ
――さすが、我らがクラス随一の"落ちこぼれ"っすね
微かに聞こえてきた声に目を覚ますと、机の周りには三羽の天使が、僕を取り囲むように突っ立っていた。ていうかまた寝ちゃってたのか、僕。
「お前の
真ん中にいるリーダー格の天使が不敵な笑顔でそう言う。ガタイのいい彼の両隣の天使は、彼の子分なのか。合計で六つの目は、性格の悪そうな視線を僕に送ってくる。
「な、何の用...」
「なあに、テスト返しの時にお前が寝てたから、俺が代わりに持ってきてやったってだけだ」
「テスト..?」
机を見渡しても、どこにも紙らしきものは無かった。
「ああスマンスマン。持ってく場所を間違えちまったみたいだ」
そういって彼が指を指した方向には、黒板に1枚の紙が貼り付けられていて、周りには数羽のクラスメイトがそれを見てはクスクスと笑っていた。
「そんな……!!」
僕は席を立ち、一直線に黒板へと走り寄った。黒板からその紙を取り外すと、そこには氏名欄に『フォルン』と、その横に大きな赤文字で『0』と書かれていた。
――フォルンがまた0点だってね
――どうやったらこんな点数取れんだよ
――この調子じゃあ下界行きは確定だな
恥ずかしさに顔をうずめるフォルンの周りを、クスクスとあちらこちらから聞こえる笑い声が取り囲む。
すると突然、教室のドアが開いたと思うと、一羽の天使が入り込んできた。
「フォルン?どうかしたの?」
顔をあげると、そこには心配そうに僕の目を覗き込むハニエがいた。彼女の顔が見えた瞬間、いつものように泣きつきそうになったのをこらえて、なるべく平然とした顔を保った(どう見えてたかは分からないけど)。
「……いや何も。早くサリル達のところ行こ」
そう言って教室の外に出ようとドアに手をかけると、もう一つの後方のドアの向こう側に見えたのは、さっき僕のテストを黒板に貼り付けたあの三羽だった。幼馴染がいないと何もできない自分のことを嘲ってるのであろう、その笑い顔を見ると、胸の中から熱い何かが込み上げてくるようだった。
だけどきっと、
そんなことをずっと考え続けていたのが、あの頃の僕だった
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