チャリパイEp10~資産家令嬢殺人事件~

夏目 漱一郎

第1話あるパーティーの惨劇

いわゆる、上流階級というのだろう。


お金持ちの代名詞とも言える田園調布に先祖から引き継いだ広大な土地を持つ資産家、岡崎家。


その土地を元に不動産業を営む岡崎慎也(おかざき しんや)の自宅では、今夜も賑やかなパーティーが催されていた。


このパーティーには、様々な分野の財界人や文化人、そして岡崎家の家族と繋がりのある知人が招待されている。


「いやぁ、今日はわざわざ足を運んでいただき有難う御座います♪」


「いつもながら盛大なパーティーですな~♪」


岡崎慎也とワイン片手に笑顔で話しているのは、岡崎不動産の持つマンションの建設を一手に受け持つ馬場建設の社長、

馬場芳郎(ばば よしろう)。


「娘さんの美佳さんも、大学生になってますます美しくなって♪」


「いえいえ♪まだネンネで困ってますのよ♪」


その横で岡崎夫人と談笑しているのは、経済評論家としてTVや雑誌でも名の売れている

羽葉康文(はば やすふみ)。


そして……


そんな品の良いパーティー会場の中で一際浮いた存在となっているのが…


芝居好きな岡崎夫人の繋がりでこの席に呼ばれた本業が舞台役者の

てぃーだとそして“ついで”に同席を許された

シチロー、子豚、ひろきの4人であった。


岡崎には、今年二十歳になる大学生の美佳(みか)という娘がいた。


パーティーも佳境を迎え始めた頃、岡崎はふと、パーティー会場に娘の美佳の姿が見当たらない事に気付く。


「おや?美佳はどこへ行ったんだ…おトキさん、ちょっと呼んで来てくれないか!」


おトキさんというのは、この岡崎家で雇っている家政婦の名前である。


「はい旦那様、美佳お嬢様はきっとお部屋でお化粧直しでもなさっているんじゃないでしょうか♪」


家政婦のおトキは、ニッコリと笑ってそう答えるとパーティー会場を出て美佳の部屋である二階の方へと歩いて行った。


生演奏で奏でられる優雅なピアノの音色。


豪華な食事にシャンパンとワイン。


終始和やかなムードで進んでいたこのパーティーで、このとき、一体誰がこの後起こる惨劇を想像する事が出来ただろう。



☆☆☆



ガタン!


何やら大きな物音が二階の床を伝ってパーティー会場の天井に響いてきた。


「おや、今の音は何だ?」


岡崎が一瞬だけ眉をしかめて天井を見上げる。


その直後である!


階段をバタバタと駆け降りる音がして、おトキが真っ青な顔をして岡崎のもとへと駆け込んで来た。


「おいおい、おトキさんどうしたんだ?そんなに慌てて……」


「旦那様大変です!お、お嬢様が……」


その時のおトキの表情があまりにも鬼気迫ったものだったので、岡崎は

すぐにその異常を感じ取った。


「一体、美佳がどうしたというんだ!」














「お嬢様が殺されています!」


「なんだと!」


楽しいパーティーの夜となるはずの今夜は、この瞬間を境に恐ろしい殺人事件の悪夢の夜へと変わってしまった。


思いもよらぬおトキの返答に、岡崎夫妻は信じられないといった顔で慌てて二階へと上がって行った。


階段を上がりきり

長い廊下の途中に、ドアが開け放たれ部屋の灯りが漏れている場所がある。


この部屋が美佳の部屋である。




「!!!」




息を切らせながら部屋に飛び込んだ岡崎は、目の前の惨劇に言葉を失った。


高級そうなフローリングの床に、うつ伏せになって倒れている岡崎の娘、美佳。


その胸から脇にかけての辺りからは、真っ赤な大量の血が床を伝って流れ出ている。


「誰がこんな酷い事を……」


あまりの事に軽い目眩を覚えたのか、岡崎夫人は額に手をあて慎也の胸へと力無く寄りかかってきた。


そんな夫人を両腕で抱えながら、慎也はおトキに向かって指示をする。


「おトキさん、すぐに警察に電話してくれ!」


おトキは岡崎に言われた通り、すぐさま警察に連絡を入れた。


その電話でおトキは警察から、可能な限り現場をそのままの状態に維持しておく事、パーティーに来た人間の招待客リストを用意しておく事、などの注意を受け、その事を岡崎に伝えた。


「……という事だそうです。旦那様」


「招待客リストか……

早速用意しよう。問題はお客様への対応だな……警察が来れば屋敷中が大騒ぎになるのは明らかだ!」


ほどなく、岡崎夫人が別室にしまってあった招待客リストを持って来て岡崎へと手渡した。


そのリストに書かれている名前を順番に目で追っていた岡崎だったが、

ふと、見慣れない名前に目を止めた。


「森永探偵事務所?

……誰かね、これは?」


「ああ、その方達でしたら、私が懇意にしている舞台役者の方のご友人の方々ですわ」


そんな夫人の言葉を聞いて、岡崎はこの巡り合わせに何か運命的な符合のようなものを感じた。


「殺人事件の現場に偶然居合わせる……まるで、推理小説の『金田一』か『明智小五郎』のような登場の仕方だ……


間違い無い!この森永

という探偵、相当に頭の切れる名探偵に違いない!」



☆☆☆



ああっ!コブちゃん!そのエビ、オイラが目をつけてたやつなのにぃ~!」


「早い者勝ちよ!ホラッみんな来ないうちに

『タッパー』に詰めるのよ!」


「ビールおかわりぃ~♪」


『頭の切れる名探偵』というよりは、むしろ

『食い物盗られてキレている迷探偵』といった方がよっぽど的を得ている。


てぃーだは、辺りをキョロキョロと見回しながら、先程から姿を見せないパーティーの主催者に首を傾げていた。


「岡崎さん達、どこ行っちゃったのかしら?」


チャリパイ行く処、どうしてこうも事件が起こるのか。


そんな訳で、今度は殺人事件に巻き込まれてしまった森永探偵事務所の4人であった……






おトキが警察に電話をしてから、30分位が経過しただろうか。


岡崎邸の庭の周りが、

にわかに騒がしくなってきた。


「ん?何かサイレンみたいな音が聴こえるな……」


異変に気付いた何人かのパーティー客達が眉を顰めて顔を上げる。


その音は次第に大きくなり、ついには屋敷のすぐそばで聴こえるようになった。


くるくると回る赤色灯の光が、窓ガラスを通してパーティー会場へと差し込む。


「おいおい!こっちへ入って来たぞ!」


事情も解らず、ざわめき立つ招待客。


やがて、入口のドアが開くと、1人の刑事が数人の鑑識班を引き連れて、招待客の前に姿を現した。




「どうも皆さん、お騒がせしてすいません。

私、『花曲署(はなまがりしょ)』捜査一課の松田という者です!

いつもチノパンを履いているので、通称『チノパン刑事』と呼ばれています♪」


そんな自己紹介をすると、松田刑事は掛けていたサングラスを外し、ジャケットのポケットから出した警察手帳をひらひらと提示する。


そして、辺りをキョロキョロと見回して言った。


「あれっ?岡崎さんってどの人です?」


「というか、刑事さんが一体何の用なんですか?」


「何の用って……知らないの?

ここの娘がさっき、何者かに殺されたんだよ」


松田刑事があまりにも

簡単に言うもんだから、招待客がその内容を理解するのには少しの間があった。











「なんだって!!

この屋敷で殺人事件がっ!」


招待客全員が入口に立つ松田刑事を驚愕の表情で見つめていた。


その時…


「刑事さんの仰る通りです!」


その声は二階の方から聞こえた。


見ると、階段の踊り場では岡崎慎也が真剣な顔をして立っていた。


「皆さん、その刑事さんの仰る事は本当の事です。ついさっき、私の娘、美佳が何者かによって刺殺されました!」


「まさか!一体、誰が

そんな事を!」


岡崎の告白を受けて、ますます騒がしくなる招待客を松田が一喝した。


「はい!皆さんお静かに!……それを突き止める為に我々が来たんでしょうが!

……では、岡崎さん、現場に案内して頂きましょう」


松田はそう言って、鑑識を連れて階段を一段ずつ登って行った。



「おっと、忘れてた」



その歩みを途中で止め、松田が振り返る。


「皆さん、後でお話を伺いたいので、まだ帰らないで下さいね♪」



☆☆☆




「冗談じゃない!

なんだ!さっきのあの刑事の言いぐさは!

まるで私達が容疑者みたいな言い方だったじゃないか!」


松田達が二階へ上がった途端、招待客の馬場が憤慨して言った。


「まぁ、そういう事なんでしょうな……この中に犯人がいる可能性は充分にある。」


落ち着き払ってそう答えたのは、評論家の羽葉。


「それに馬場さん、怒って帰ったりしたら、余計に警察に疑われますよ」


「ふん!そんな事を言ったら、警察が来るほんの少し前に帰った人間が何人もいる。その方がよっぽど怪しいじゃないか!」


これではとても、パーティーを楽しむなんて雰囲気ではない。


シチロー達4人も、さすがに困った顔で時計を眺めていた。


「こりゃあ、何時になったら帰れるか分からないぞ……」


「こうなったら、食べれるだけ食べるしかないわね!」


「ビールおかわりぃ~♪」


と、その時である。


家政婦のおトキが、二階から降りて来て

シチロー達の所へとやって来た。


「あの……あなた方が

森永探偵事務所の方達でしょうか?」


「えっ?…そうですけど、なにか……」


「旦那様がお話があるそうです。どうぞ上の方までお足を運び下さい」


「まさか、招待したのはティダだけだから、

オイラ達には金を払えなんて言うんじゃないだろうな……」


「さっき食べ物をタッパーに詰めてたのがバレちゃったのかしら……」


「勝手にビール持ち込んだのがダメだったのかな?」


「やっぱりこの三人、連れて来るんじゃ無かったわ……」


階段を上りながら、ネガティブな妄想ばかりが膨らむチャリパイの四人。


まかりなりにも探偵だというのに、この殺人事件に関する話だとは、考えないのだろうか?



☆☆☆




美佳の部屋の前では、

岡崎が廊下をせわしなく行ったり来たりして、

シチロー達の到着を待っていた。


そして、階段を上りきったシチロー達と岡崎の目が合うと……


「おお~、あなた達が

森永探偵事務所の方々ですか♪」


「わぁぁぁ~~っ!

ごめんなさい!ほんの出来心ですからっ!」


「はぁ?・・・・

君達なんで謝ってるの?」
















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