祝花火 (短編)

藻ノかたり

祝花火

ある時、宇宙船が地球に不時着する。何万光年も彼方にある星の住人だったが、ワープ装置を含む推進装置の故障が墜落の原因だった。


そして不時着場所が荒野であったため、暫くの間は秘密を保てたものの、インターネット全盛のこ時世である。瞬く間に、その事実は世界中に広まった。


宇宙船の乗組員は大変友好的で、姿かたちも地球人に類似していた事もあり、すぐに地球の民に受け入れられる。ただ、その事に一番困惑したのは、当の宇宙人たちであった。


「宇宙船の修理に必要な物資を提供して頂くのは大変有り難いのですが、私たちはなるべく早く帰還したい」


彼らは、国連にそう申し出た。だが国連は許しても、世間がそれを許さない。宇宙人たちは各地で大歓迎され、つぶさに地球の様子を見て回った。


「副船長、どうしたものだろう。彼らの為にも、私たちは一刻も早くこの星を立ち去った方が良いのではないか」


船長は、副船長に相談する。


「私だってそうしたいです。しかし物資提供の条件が、世界各国をあまねく尋ねて、友好を深めるというものなのだから仕方ありませんよ」


船長の苦悩する顔を見て、副船長は心を痛めた。


熱狂的な日々の末、彼らが地球人との約束を果たし、修理の終った宇宙船で故郷へ帰る日がやって来る。大セレモニーが催され、国連の代表者がお別れの言葉を述べた。


「あなた方との遭遇は、地球にとって記念すべき出来事になりました。どうか母星にお帰りになった際には、地球の事を広くお話になられて、益々の交流を促して頂きたい」


「もちろんです。我々は他星の知的生命体と出会った時は、それを報告する義務があります。我らの胸だけに、収めておく事は出来ません」


その言葉に世界中が沸き立ち、来るべき大宇宙時代の到来を誰もが予感する。しかしその言葉を発する船長の顔が、妙に浮かないものである事に気がつく地球人は、誰一人としていなかった。


そして宇宙船は旅立ち、地球人たちは彼らからの連絡をひたすら待つ事になる。


暫くは何も音沙汰がなかったが、地球の人々は、彼らが無事に母星へ辿り着いたのか、そうだとして地球の事を話してくれたのか、はたまた地球との交流にゴーサインが出たのか等々、期待と不安の入り混じった議論に、専門家、一般人の区別なく花を咲かせた。


そして一年後、待ちに待った彼らからの通信が入る。無事に母星へ帰還できた事、惑星連合に報告をした事、その結果、地球との交流が認められた事、人類にとっていい事づくめの一報であった。


地球ではこの記念すべき出来事を祝うため、盛大な催しが各地で開催される。飲めや歌えの大騒ぎに始まり、空には数多くの花火が打ち上げられた。


そんな中、宇宙空間にも、すぐに特大の花火が光り輝く事になる。


それは惑星連合のワープミサイルが、地球を破壊した光。青い星は一瞬の内に跡形もなく砕け散った。そこにはもう、何もない暗黒の空間が広がるだけである。


遠く離れた宇宙船の中。


「船長、気にするなと言っても無理でしょうが、余り心を痛めない方が……。あなたは、やるべき事をやっただけですよ」


ワープミサイルが地球を襲った頃、あの宇宙船の艦橋で、一人うな垂れる船長に副船長が声をかけた。


「そうだろうか。あの星を救う手立ては、何かなかったのだろうか」


船長は、独り言のように副船長へ問いかける。


「船長、惑星連合員には未登録の知的生命体に出会った場合、その存在と内情を報告する義務があります。地球へ不時着した事は船のコンピューターに記録されていますし、誤魔化しようがありませんよ」


副船長は、話を続けた。


「その結果、地球は狂気の惑星だと言わざるを得ない事が、判明したでしょう? 常にどこかで戦争が起こり、同じ星の住人同士で殺し合いが行われ、ましてや自星を軽く破壊できる数の核爆弾の存在。


そして経済政策の失敗で、一部の地球人だけが夢のような暮らしをし、他は酷いものになると、子供ですらドンドン飢え死にをする現実……」


副船長が、ヤレヤレというジェスチャーを見せる。


「そうだとも。だがそれを調べて詳しく報告しなければ……」


船長が、か細い声で言った。


「だから船長は地球の酷さを直感した時、早く立ち去りたいと地球人に申し出ました。そうすればデータ不足で、今回の決定は延期されたかも知れません。


しかしそれを許さなかったのは、彼ら自身です。もちろん連中は地球の汚部を見せませんでしたが、こちらが超小型のスパイロボットを放って調べるのは、やはり惑星連合員としての責務ですよ」


副船長は、何とか上司の心を慰めようと試みる。


「でも地球人は我らを希望の使者として、宇宙に送り返したんだよ。きっと惑星連合の仲間入りが出来ると……、そして地球を遥かに凌ぐ科学力を手に入れて、もっと幸せになれると信じていたに違いない」


船長は、天を仰いだ。


「えぇ、本当に図々しい連中ですよ。あれだけ滅茶苦茶な惑星運営をしておきながら、宇宙の人々と仲間になれるなんて考えていたんですからね」


副船長は、尊敬する船長をこここまで苦しめる地球人への憎悪を露わにする。


「そして彼らの科学力の発展を鑑みた結果、惑星連合は地球を害悪の星と判断した。宇宙平和の為に破壊するに足り得る星だと……。私の報告が、何十億という人々を宇宙から消し去ったんだ」


船長は、遂に涙を流し始めた。


「それは地球人たちの自業自得です。少なくとも物理的には改善できるチャンスが山ほどあったのに、上から下まで皆それを怠った。船長のせいではありません」


副船長は、きっぱりと言い切る。


「私が彼らにできた唯一の救いは、惑星連合の許可を得て、破壊ミサイルの発射前にウソのメッセージを送る事だけだった……」


船長は、それが偽善だと言わんばかりに首を振った。


「船長の慈悲は、あんな奴らにはもったいないですよ。どうせ狂喜乱舞し、星中でお祝いでもしてたでしょうからね。未来を夢見る絶頂の気分の中で、何が何やらわからないまま、一瞬で消え去ったのですから、奴らには過ぎた最後です」


これ以上、何を言っても今は無駄だと判断した副船長は、上司の肩に暫し手を置きその場を去った。他のクルーもそれに従う。


「あぁ、あの星の最後の光がここに届くまで、あと何万年かかるのだろうか……」


船長は暫く艦橋に残って祈りを捧げた。


地球が爆発する瞬間を近くから観察した別の宇宙船クルーの話によれば、それは宇宙の平和を祝う花火のようにも見えたという。

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祝花火 (短編) 藻ノかたり @monokatari

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