天才な君と凡才な僕
わわわわっふる
才能
「エリー!新しい曲覚えたんだぜ!」
オレはエミリーに向かって自慢するように言う。すると彼女は、無表情を崩さずにこちらに視線を向ける。
「…そう」
無愛想にエミリーは答えた。相も変わらず無表情を崩さないエミリーの気を引きたくて、ピアノを披露することにした。
「聞いとけよ!!」
オレは練習通り練習通りと自分に言い聞かせ、ピアノの前に腰を下ろした。
ド ド ド 次は… ミ
子供が二人しかいない空間に響く旋律。拙いながらも、練習した事がよく分かるような。
覚えたての曲を見事演奏し終えたオレは、弾ききったという達成感と共にエミリーへ顔を向けた。
「…ヘタクソ」
視線の先にはいつもと変わらない無表情。更に悪態が添えられていた。
「は?!じゃあエリーがやってみろよ!!」
せっかく練習したピアノを否定され、頭に血が上ってたオレは、エミリーに対して大声を浴びせていた。エミリーの手を引いて、ピアノの前に座らせる。
「…どうすればいい?」
ピアノを前にして開口一番、そんなことを聞いてきた。まさかピアノを弾けないのにあんなこと言ったのか?
「音階も分からないのかよ!!」
よくそんなんで大口叩けたもんだ…。オレは逆に関心してしまった。溜飲の下がったオレは、人に物を教えるとなったこの状況で、むしろ気が良くなっていた。
「…いいから」
エミリーは無表情を全く崩さずに、どうすればいいのか聞いてきた。
「ここがドな!そして右に行くにつれてレミファソラシドってなってて、あとは繰り返しな!」
俺が言い切ると、彼女はピアノを適当に弾き始めた。演奏とは全く言えない、それこそ猫に引かせたような不協和音。
「…」
彼女は何も言わず、一心不乱に鍵盤を叩いていた。
「ほら!エリーの方がヘタクソじゃねえか!」
オレはエミリーに向かってそう言った。だが彼女は全く聞く耳を持たず、何かを思い出すように鍵盤をなぞっている。
「…」
お互い無言のまま、ピアノの奏でる音だけが、部屋の中を漂っていた。
ド ド ド ミ
すると聞き覚えのある旋律が流れてきた。オレは目の前の事実を認めることが出来なくて、音源を探すように周りをキョロキョロと見渡した。
当然音源になりそうな物は、なんにもなくて。
視線は彼女の手元に戻る。彼女の手は、俺が先程弾いた曲を模倣していた。当然下手くそで、一音一音に繋がりが無い。
口をポカンと開けたままその演奏に耳を傾けていると、だんだんと演奏が滑らかに、スムーズになっていく。ぎこちなさがどんどん無くなって行き、音に深みが出ていく。
たった一度の演奏で旋律を覚え、触ったことすらないピアノでそれを再現したのだ。簡単な曲とはいえ、彼女の才能は常軌を逸していた。
ありえない。
だがエミリーはその常識を覆していた。才能という言葉で片付けていいのか、ただひたすらに彼女は音楽に愛されていた。
「す、すげえ」
オレの口から出たのは嫉妬や羨望ではなく、感嘆だった。圧倒的才能を前にして、オレは口を出すことが出来なくなっていた。
「ん、よゆう…」
ピアノを引ききった彼女は、偉業とも言える所業をやってのけたというのに、事も無げに呟いた。
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