運命のふたり《妻の秘密編》(短編)
藻ノかたり
第1話 三年ごとの秘密 (1/3)
その男と女は運命的な出会いをし、運命的な恋に落ちた。そして運命的な結婚をする。正に運命づくしの”運命のふたり”であった。
三十回目の結婚記念日を前に、男は過ぎし日の思い出を振り返る。
男はかつて、こんな運命的な出会いをして結婚するなんて夢にも思っていなかった。さしたる特技もなく、血筋に恵まれているわけでもない。若い頃は、只ボーッと”いつかは平凡な見合い結婚でもして、普通に子供を育てて人生を終えるんだろうなぁ”くらいにしか考えていなかった。
ところがである。今は妻となっている女と、これ以上ない劇的な出会いをし、様々な苦難を乗り越えやっとの思いで結婚したのであった。充実した青春だった。そして、ついぞ子宝には恵まれなかったが、今も妻をあの時以上に愛しており、妻はどう考えているかわからないが、とても幸せな日々を送っている。
「あなた。私、来週、伯母さんの法事に行って来ますから、一晩、家を留守にするけどいい?」
思い出に浸っている男を、運命の女が現実に引き戻す。
「え? 君に伯母さんなんていたの? 今まで聞いた事なかったけどなぁ」
男は突然の事に訝しんだ。
「前に言わなかったかしら、ずっと音信不通だったんだけど、五年くらい前に急に手紙をよこしてきたのよ。その伯母さんの三回忌なの」
「という事は、二年前に亡くなったって事だよね。その時には、お葬式に行ってないんじゃない?」
男は疑問を口にする。
「あの頃、あなた仕事が凄く忙しかったでしょう? これといって親しくもなかったし、不義理をさせてもらったのよ」
「初耳だなぁ」
「だって言ったら、あなた気にするでしょう。だから黙ってたの」
せっかく気を効かせたのに責められてるのかしら、とでも言いたげな妻。
「で、伯母さんの家ってどこなの?」
「○○県の△△市。無理をすれば日帰りも出来るけど、私ももう年だしね」
別に咎めだてする理由もないので男は納得し、話はそこで終わった。
ただ、妻の態度にどこかしら違和感を覚えた男は、五年前の日記を引っ張り出す。
おかしいなぁ、伯母さんの事なんて一言も書いてないぞ。男の違和感は増し、二年前の日記も紐解いてみる。やはり忙しいなんて記述はない。男ははたと思いついて、日記をつけ始めた二十年前からのノートを全てデスクに積み上げた。
丁寧に読んでいる暇はないが、それでも肝心な部分を見逃さないよう、しっかりと目をこらす。男はそこで、非常に気になる事実に行き当たった。
妻はおよそ三年に一回、必ず泊りがけでどこかへ出かけている。理由は様々だが切れ目のない営み。これは偶然なのか。はたまた何か共通の理由でもあるのか。
男の脳裏に一瞬よぎった想像は”浮気”。
俺たちは、運命のふたりではなかったのか? それとも大した才能もなく、美男子でもない、また家柄といったものとも無縁の俺に愛想が尽きたのか?
そりゃぁ、あいつは俺にはもったいない女房だ。人並み以上の美人だし、気立てもいい。家事全般そつなくこなす上に、料理は玄人はだしである。
五十も半ばになって、たわいもない妄想だとは思ったが、どうしても男の頭からこの疑惑が消える事はなかった。
男は妻の出かける日に合わせ休暇届を出し、運命の女を尾行する決意をする。会社の帰りにそれ用の服や帽子を買い込み、妻にはわからぬよう家へ持ち込んだ。
当日の朝、男は何食わぬ顔で出勤したフリをし、公衆トイレで尾行用のいで立ちに早変わりをする。そして妻が出かけるのを物陰から今か今かと待っていると、確かに法事へ出かけるような格好で家を出て、駅の方へと歩いて行った。
なんだ、俺の思い過ごしか……。
男は一瞬ホッとしたが、確証が得られなければ、また思い悩む日々が続くに決まっていると考えなおし尾行を続けた。
嫌な予感は、すぐに当たった。
妻は伯母が住んでいるという地域とは、逆の方向の電車に乗り込んだのである。男は心のざわつきが、ドンドン大きくなって行くのを感じながらひたすら妻の後を追った。
家を出てから二時間も経ったろうか。妻はとある郊外の駅で列車を降り、そのまま路線バスへと乗りこむ。男はタクシーを捕まえて注意深く尾行を続行した。
三十分ほどバスに揺られた後、妻は人気のない停留所で降車した。そして近くに見える割と大きな施設へと入っていく。タクシーの運転手に聞くと、その建物は地元の人間には病院と言っているらしいが、紹介状がなければ決して受け付けてもらえない事で有名なのだそうだ。
男は帰りの事を考えタクシー会社の電話番号を聞くと、ひとりバス停のベンチへと腰掛ける。さて、どうしたものか。運転手は病院と言っていたが……、それだと浮気ではないという事か。だがそれなら妻はどうして……。男の疑問は尽きなかったが、とりあえず施設の様子を見に行く決心をした。
なるほど、かなり大きな建物だ。ちょっとした総合病院ほどはある。だが、男はおかしな事にも気が付いた。窓が殆どないのだ。まるで何かを隠しているような……。
男が辺りを探っている間にも、何人かの人間が施設へと入っていく。そこに来る者たちは老若男女さまざまいるが、みな一人で来ているようだ。付添らしき者がいる患者は一人もいない。また殆どの男女が”並より上の容姿”を持っていた。
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