フユキとの毎日

 ここでの生活の終わりは突然やってきた。


 小学校には入学したけれど二週間も行っていない。

 ある日の午後、珍しく明るい時間に帰ってきたお父さんの最初の言葉は「引っ越すから」だった。 


「引っ越し? 学校は、この家じゃあないところに住むの?」


 お父さんと僕とフユキと……お母さん、も?


 訊きたいことがたくさん。お父さんと話せることも久しぶりの僕は、何から言おうかと慌ててしまう。


「お父さん」


 でも一番に確かめたいことは。


「ん?」 


「ぼ、僕も……一緒に行ってもいいの?」


 

 置いて行かれるのではないかと、お父さんの顔を見れなかった。



「当たり前だろ」



 その言葉に、不安の塊がすうっととけていくのが分かった。



 小学校に入学する前、夜まで外を歩くフユキと僕は噂になってしまった。


 僕らがゴミ捨て場にいたのを誰かに見られていたんだ。その日はとてもお腹が空いていて、いつからご飯を食べていないか思い出せないくらい体に力も入らなかった。



 お母さんは僕らに毎日言う言葉がある。


『お前に食べさせる物なんかない、下のゴミ捨て場のゴミでも食べとけ』


 

 その日は……もう何でもいいから食べたかった。だから僕らはマンションの下にあるゴミ捨て場に入ったんだ。

 

 いくつかの袋を開けていく。袋の中はべちゃべちゃしていて、食べたい思いと嫌だという気持ちがぐるぐるして、涙がでてしまった。



「フユキ、箱が入っている袋が多いね」


「ハルキ、全部空っぽだぞ。軽いもん」



 フユキの言うとおり、箱は軽かった。同じような箱で、潰れているものもある。



「でもこの箱」



 僕は曲がった箱を隙間から覗いてみた。



「甘いにおい……何か入ってる」



 お腹が空いていた僕らは少し堅いその箱を開いてみた。



「わあ。かわいい」    



 中には、白い薄いお皿。それには甘いにおいのクリームがついている。そしてピンクと白の小さな人形が転がっていた。




「人形もあまいにおいしてるよ」



 思わず僕の声が大きくなったのを、フユキが「しいっ」て止めた。誰かがこちらへ歩く足音がして、僕とフユキは袋を落として逃げたんだ。


 駐車場にたくさん並ぶ車の後ろに隠れた。足音がこっちに来ないように祈りながら息を潜め、いくらかの時間を待った。




「じゃーん」


「フユキ、持ってきてたの?」



 あのクリームのついた人形、フユキはしっかり握っていた。



「かじってみなよハルキ、甘いぞ」





 僕らは車のタイヤと同じ高さまで丸くなり、あまい人形を分け合って食べたんだ。



 あれがサンタクロースを型取った砂糖菓子だったと気づいたのは、この頃のことを思い出した大人になってから。


 今もいくつかの記憶が閉じ込められたままだ。あの時のケーキの空箱のように、ゴミ捨て場から拾って開くような苦い感覚には、まだ慣れないから――。



 

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