第17話 完
目覚めた紅葉は胸に違和感を覚えた。重いし苦しい。触れてみると柔らかい肉感がそこにあった。たった1日で、紅葉は女性に戻ってしまった。休みだった母と共に病院へ向かう。様々な検査を経て出た結果は特に問題なく、あるとすれば性別が変わっているという一点だけだった。
「やはり、性別が不安定に…」
「いえ、そこは不確定です。もう少し症例を集めてご検証いただけないでしょうか。お母様、私は今男に戻ったり女性になったりと性別が安定しません。時々こういう方がいるそうです」
紅葉は母に説明してから医師を見た。余計なことは言わないでほしい。医師はヒョッと変な声を出して固まった。顔が真っ青だ。性別が不安定なのは松寿のせいかもしれないということは、両親には知られたくなかった。
「紅葉ちゃん、お顔が怖いわ。それにしても、その体では大学に通うのは不便でしょう。休学か、退学を考えても…」
「嫌です。大学は通います。休学も退学もしません」
紅葉は母に顔を覆われた。母の提案に紅葉は首を横に振る。せっかく松寿と接点ができた今、大学から離れる選択肢は絶対にない。母は戸惑った表情を浮かべている。
「でも、…わかったわ。大学のことはパパも交えて改めてお話しましょう。そんなに、大学に行きたいなにかがあるのね?」
母を見つめていた紅葉は頭を撫でられた。母は紅葉に笑顔を向けてから医師に向き直る。
「先生、私のかかりつけや夫の知人の先生にもこの子を診ていただきたいのですけれど」
「えぇ、診断書をお書きします。どちらの先生宛で…」
医師と母が話をしているのを、紅葉はぼんやりと聞いていた。
診察も終わり、紅葉は母と車に乗り込む。
「紅葉ちゃん。今度大学の学長とパパとママでお話しようと思うの。紅葉ちゃんの体のことをお伝えして構わないかしら」
「はい」
これからも大学に通えるならなんでもいい。紅葉はほっと息を吐いた。そんな紅葉の手を母の手が包む。
「我儘を言わない紅葉ちゃんが…そんなに行きたいのね。あの大学に」
紅葉は頷いた。女性の体に戻ってしまった。確証はないものの、彩葉の話が正しいとすれば男からまた女性に変わってしまったのは松寿の発言が原因だ。男でも、女でも、そばにいれるだけ松寿のそばにいたい。例えずるいやり方でも、彼を縛れるのならこの体を使おうと紅葉はぐっと唇を噛み締めた。
『お時間のある時に、お会いしたいです』
母と別れて大学についた紅葉は、松寿にメッセージを送った。すぐに返事がきた。
『今大丈夫だけど』『どした?』
松寿のメッセージを見て、空いている教室を指定して待ち合わせた。すぐに松寿がやってきてくれた。
「佐々木、どうし…まじか」
「女の子に、戻ってしまいました。木村さんには、お伝えしようと思いまして。病院にも行きました」
胸を見てすぐわかったようだ。大きなため息をついて松寿は項垂れた。
「まじか~…せっかく男に戻ったのになぁ」
「やはり、木村さんの言葉が原因だと思います。医師もそのような反応でした。ですので、その、」
紅葉はごくりと生唾を飲み込んだ。紅葉はこんな弱みにつけ込むようなやり方は卑怯だと思った。それでも彼との繋がりを少しでも強くしたい。紅葉はその一心だった。
「あの、責任、責任を取って、いただきたく…今後も、色々、相談に乗って、いただけたらと、思うのですが」
「え?うん、乗るけど。そんなんでいいの?」
松寿は首を傾げている。紅葉の一世一代の脅しはやんわり受け止められてしまった。松寿は盛大な安堵のため息をついて笑った。
「びびった~結婚しろって言われんのかと思ったわ」
松寿はケラケラと笑っている。緊張感のない態度に紅葉は拍子抜けした。紅葉には精一杯の脅し文句だったのに、松寿にはまったく響いていなかった。
「結婚して下さいって言ったら、どうしますか?」
「結婚は無理じゃない?お互いまだ知らないことのほうが多いし。あー、付き合うならアリかな。俺今彼女いないし」
付き合う?と聞かれて紅葉は固まった。
(かっ、軽っ…)
紅葉は松寿のあまりの軽さに反応できない。お付き合いとはもっとお互いを知って距離を詰めてじっくり関係を深めてからするものではないのか。数々の少女漫画やBLで予習してきた紅葉はそのスピードについていけない。
「あっ、でも佐々木のご両親がお付き合いなんて許さないか。彼氏です~なんつったら社会的に殺されそうだし」
「っそれは、ないです。私が守ります。付き合うなら、両親からは、私が守ります。だから、」
紅葉が前のめりになって松寿に熱く訴えると、松寿はちょっと驚いたあとに笑った。少し意地悪な微笑みだが、それすら美しい。
「じゃあ、付き合おっか」
松寿の手が紅葉の腰に周り、ゆっくり唇が近づいてくる。紅葉は両手で松寿の顔を覆った。
「あの、すみません。お付き合いではなく、お友達からお願いします。お互いのこと、よく知りませんし。いきなりこういうことされるのは、ちょっと」
「えーっ?お友達だって色々あるじゃん。セフレとか。ただの友達じゃなんもできな…」
「それは両親が許しません、さすがに。私も、です。社会的に殺します」
紅葉の言葉に松寿は一歩引いた。紅葉は遠ざかってしまった松寿を残念に思う。紅葉は松寿と彩葉の会話を思い出す。
『揉んどきゃ良かった。それは心底後悔してる』
紅葉が男に戻った時の松寿の言葉だった。
紅葉は両腕で胸を寄せる。
「あの。触りますか?友達として、ですけど…」
「いいの?ありがとー」
松寿は瞬時に距離を詰めて紅葉の胸を両手で持ち上げた。なんの躊躇もない松寿に紅葉はちょっと引いた。
慣れた手つきとすぐ目の前にいる松寿に、紅葉は声をあげないように必死に息を詰める。
「っ…ふ、ぅん…」
「久々だわ。やっぱ、このくらいがちょうどいいなぁ」
紅葉の胸を揉みながら松寿はしみじみ呟く。このくらいがちょうどいいということはちょうど良くないお胸があったのだろう。見知らぬ誰かと比較されて紅葉は腹が立った。紅葉は松寿の両手をはたき落とす。
「…誰かと比べないで下さい。そういうことは今後二度と、止めて下さい」
「…はい」
紅葉が見上げると、松寿は真っ青になって頷いた。どうしてこんな男がいいのか、紅葉は自分でもわからない。でも何の接点もなかった彼と恋人未満になれた今、紅葉はかつてないほどの幸福感に包まれた。
「これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね」
松寿が片手を差し出す。紅葉はその手を取った。
END
こうして三人の男性は女性へと変貌を遂げたり遂げなかったりしていく。この後、三人が一同に会することになるが、それはまた別のお話である。
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