お渡様
三途
お渡様
私、荻原結は今日、大好きな彼に告白する。
その彼とは、坂本祐二くん。同じクラスのサッカー部の子で、きっかけは窓際から見かけた彼の姿だった。
わたしは美術部に所属していて、外をゆったりと眺めながら絵をかくのが好きだった。背景画をよく描いていて、季節の移り変わりを感じるのが好きだった。自分のキャンパスにそれを表現するのが好きだった。
そんな時、部活をする彼の姿が目に入ったんだ。チームの勝利のために常に全力な彼の姿を見て、ほとんど一目惚れだったと思う。
その日から彼のことが気になって、教室でも積極的に話しかけに行くことが多くなった。
そんな彼に、わたしは今日告白する。
べたかもしれないけれど、体育館裏に彼を呼んでいた。心臓はバクバクで、今にも逃げ出したいけれど、それでもぎりぎり踏みとどまっている。
五分ほどたったころ彼が来た。気持ち的には一時間ぐらい待っていた気がする。
「おまたせ。ごめんな遅くなって、部活のやつに遅れるって伝えなきゃいけなくてさ。」
「あ、そうだよね、部活遅れちゃうよね、ごめん。」
「いや、それは気にしなくていいから、大丈夫だって。それで話ってなんだ?」
「う、うん。その。坂本くん!好きです、付き合ってください!」
わたしが人生で一番勇気を出した瞬間だった。心臓はもう破裂しかけていた。
そして坂本くんは、今まで聞いた中でいちばん優しい声でこう伝えてきた。
「ごめん、俺好きな人がいるから、それには答えられない。」
これがわたしの最初の恋で、それが終わった瞬間だった。
それでもこれで終わりにはしたくなかったんだと思う。意味がないとわかっていながら、迷惑だと知っていながら、真っ白な頭でこんなことを聞いてしまった。
「そっか。その、良かったら好きな人って誰のことか教えてもらってもいいかな?」
「あー。誰にも言わないでくれよ。浦和祐子だ、俺が好きなのは。」
浦和祐子、わたしと同じ美術部の子だ。クールで綺麗な子で、男子からひそかに人気らしい。
そして何より絵が上手い。入学してからコンクールで多くの賞を取り続け、たいして活発ではないうちの部活で唯一の有名人だ。
そんな彼女だから、坂本くんが惹かれたのも理解は出来る。認めたくはないけれど。でもこれ以上ここにいるのは限界だったから、私のためにも彼のためにも、無理やり話を終わらせにいった。
「そっか、うん、もちろん誰にも言わないよ。ありがと。ごめんね時間取って。部活がんばってね!」
そして逃げるようにわたしはその場を去った。
最悪だった。少しでもチャンスがあると思ったわたしが馬鹿だった。
彼の目にはもうすでに別の子が映っていた。
それに余計なことを聞いてしまったことも最悪だった。
八つ当たりだってことはわかっていても、つい思ってしまう。彼女のせいだって、彼女がいなければわたしが選ばれていたんじゃないかって。
ほんとわたしって最低な女だ。
でもこのままだと本当に八つ当たりしてしまいそうだったから、彼女に直接危害が加わらない形で、もやもやを晴らさせてもらうことにした。
うちの学校にはこんな怪談話がある。
「もしいなくなって欲しい人がいたら、その子の名前を書いた紙を笹船に乗せて枕元に置いて眠ると、翌日その子が行方不明になっている。お渡様がその子を攫ってくれる」
もちろんただの怪談話だけれど、何かしないと気が済まなくて、家に帰ってすぐに川辺に笹の葉を取りに行った。
そして笹船を作って彼女の名前を書いた紙を乗せてみる。きれいに笹船を作るのは難しくて、ボロボロの船にちょこんと紙が乗っていて、なんだか馬鹿馬鹿しかった。
もう今日は何もしたくなかったので、お母さんに具合が悪いからご飯はいらないと伝え、すぐにベッドに入った。枕元にはもちろん笹船が置いてある。
ここでやっと涙が出てきた。悲しくて悔しくてさんざん泣いて、いつの間にか眠りについていた。
目覚ましをかけるのを忘れていたのにも関わらず、いつも通りの時間に目が覚めた。
昨日さんざん泣いたからか、起きた時にはだいぶすっきりしていた。おなかすいたな。
「あら、おはよう。体調は大丈夫なの?ご飯食べる?」
「うん、大丈夫。おはよ。おなかすいちゃった。」
うちの朝ごはんは大体パンで、わたしはいつもマーガリンとシロップをかけて食べている。
昨日のことなんて忘れて、何事もなかったかのようにいつも通りの支度をして、学校に向かった。
「結、おはよ!ねえねえ、今日の小テスト勉強した?」
「あ、やば、忘れてた!どこ出るの、お願い教えて!」
わたしが坂本くんに告白したことは、わたしと坂本くん以外知らない。だから友達は何も知らないし、わざわざ教えたりもしない。私以外は全部いつも通りだ。
でもちょっと気になっちゃって坂本くんと、浦和さんのことを探してしまう。
坂本くんもテストに向けて、友達と悪あがきをしているみたいだった。いつもだったら話しかけに行っていたんだけれど、さすがに今日はそんな勇気なかった。
浦和さんはまだ来ていないみたい。そういえば笹船のことを忘れていた。今思えばなんて馬鹿なことをしていたのだろう。なんか申し訳なくなった、もちろん彼女は何も悪くないし、何も知れないけれど。
朝の始業を知らせるチャイムが鳴った。
彼女はまだ来ていないみたいで、一番後ろの席がまだ空いていた…。いや、机がない?どうして?
彼女は、浦和祐子はそこの一番後ろの席だったはずだ。でもそこには何もなく、ぽっかりスペースだけが残されていた。
朝の連絡事項を先生が伝え終わり、一時間目の準備をするための時間に、私は訳が分からなくなって友達に聞きに行った。
「ねえ、そこの席ってうら…」
聞き終わる前に頭が痛くなって、目の前がぼんやりしている。
「え、結大丈夫!?顔色すっごい悪いよ!」
「あ、ごめん、多分貧血。ちょっとふらふらしちゃった。」
「保健室行く?送ってくよ!」
「ありがと、でも大丈夫。先生に伝えといてくれる?多分ちょっと休んだら戻るから。」
今までこんなことなかったのに、急にふらついたからびっくりした。でも多分昨日のこともあって疲れていたからだろう。
ちょこっと保健室で休んでから、二時限目が始めるころに教室に戻った。
やっぱり彼女はいない、机もない、周りもそれを不思議に思っていないし、先生もまるで彼女がもともといなかったかのように授業を始めている。
本当に彼女はいなくなってしまった。それにいなくなったことに気が付いているのはわたしだけみたいだった。
怖いけど、すこし喜んでいるわたしもいた。
いなくなったことを知っているのが私だけなら別にいいんじゃないか。このまま誰にも言わなければ、私のせいで彼女が消えたなんてバレるはずがないし、何よりこれはチャンスだ。もしかしたらこれで彼がわたしの方を向いてくれるかもしれない。
この後はいつも通り過ごしたけれど、やっぱり誰も、坂本くんでさえも、彼女のことを話題に出さなかった。本当に彼女はこの世界から消えてしまったんだ!
放課後になって、わたしは今美術室に向かっている。
さすがに昨日のことがあってすぐに坂本くんと話すことはできなかったけれど、こんなことになった以上焦らなくても大丈夫だろう。ゆっくり、まずは今までの関係に、気軽に話すことが出来る関係に戻していければいい。そしたらまたいつかチャンスが来るはずだ。
美術室には、わたしたちの作品や、賞状が飾ってある。
一つだけだけどわたしも賞をとったことがあって、端っこに飾ってあるその作品は私の数少ない誇りだ。
真ん中の方に堂々と飾ってある作品や賞状はほとんど浦和さんのもので、彼女のすごさが表れている。
あれ?
またさっきみたいに頭が痛くなって、目の前がぼんやりしてきて、壁に手をついて落ち着くまでそうしていた。
すぐに収まったが、わたしは驚きを隠すことが出来なかった。目の前の光景が変わり果てていたのだ。
あんなに堂々とかざってあった浦和さんの作品が消えていた。
真ん中にぽっかりと穴が開いているみたいだった。
「あら、荻原さんはやいわね。」
「先生!ここにあった作品どうしましたか!?うら…。」
今度はさっきより激しく目の前がぐらんぐらんとして、立っていることが出来なかった。
「荻原さん大丈夫!?聞こえ…」
わたしはあのあと保健室に運ばれた。
ぼんやり意識はあったことから、貧血だろうという判断で、保健室でしばらく寝たあとお母さんに迎えに来てもらった。
「やっぱりまだ体調悪かったのね。ご飯は食べられる?無理そうだったら今日はもう寝ちゃいなさい。」
正直体調はもう大丈夫だったが、一人の時間が欲しかったから、体調が悪い振りをして自室に戻った。
浦和さんがいた形跡がことごとく消えていっていた。浦和さんのことを話そうとすると頭が痛くなった、ふらふらした。
思わず怖くなって、このままじゃだめだと、浦和さんをもとに戻さなきゃと思った。
あの怪談には続きがある。
「もしいなくなって欲しい人がいたら、その子の名前を書いた紙を笹船に乗せて枕元に置いて眠ると、翌日その子が行方不明になっている。お渡様がその子を攫ってくれる。もし返してほしかったら自分の名前を笹船に乗せて、同じように枕元に置いて眠るといい。そうしたら翌日にはもとに戻っている。」
昨日作った笹船はどっか行ってしまっていたので、こっそり抜け出してまた川辺に笹船を作りに行った。
そしてまったく上達していない笹船を作って、わたしの名前を書いた紙を船に乗せて枕元に置いた。
早くもとに戻って!
それしか考えられなくてすぐにベッドに入りわたしは眠りについた。
深い眠りについていたみたいで、気が付いたら朝だった。
お母さんは心配してもう一日休んだらと言ってくれたけど、怖くて、安心したくて、確かめるためにいつもより早く学校へ向かった。
足早に教室に向かうと、すでに人だかりが出来ていた。
その中心には彼女が、浦和祐子がいた!
どうして彼女がみんなに囲まれているのかはわからないが、ひとまず安心した。
いつも通りに戻ったんだ。
すると坂本くんがうれしそうな顔でこっちに向かってきた。
「荻原、ありがとな!荻原のおかげで成功したよ!」
「え、どういうこと?」
「謙虚なのはいいけど、そんな遠慮した態度とるなって!お前が昨日後押ししてくれたから、そのあとすぐ浦和さんに告白して付き合うことが出来たんだよ!」
え、わたしはそんなことしてない。
そもそも昨日は彼女のことをみんな忘れていたはずなのに。
それでも坂本君は、昨日わたしが後押しをしたと、そのあとすぐ「浦和祐子」に告白したと言っていた。
坂本くんのことを後押しした「わたし」はだれ?
昨日のみんなに忘れられていた「浦和祐子」はなんだったの?
その日は何が何だか分からなくて、一日中ぼーっとしていた。体調がまだすぐれないと伝えて、部活は休んで授業後すぐに帰っていた。
その帰り道に私は信じられないものに話しかけられた。
それは私と全く同じ格好で、同じ顔で、同じ声をしていた...。
お渡様 三途 @SUNS1904
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