【完結】神様の学び舎

高坂静

第1話 神様の学び舎-それは試練を与える場所

「集合場所は……体育館?」


 胸のカードに記された表示を見て、真新しい制服を着た女の子が呟く。


「あっちみたいだな。ほら、帽子」


 同じく真新しい制服を着た男の子に言われ、女の子は手に持った帽子を頭に乗せる。


「似合う?」


「似合う似合う。いくぞ」


 男の子が女の子の手を引いて体育館へと歩き出す。


「えへへ、ユウと一緒に学校に行けるとは思ってもいなかったよ」


「俺も、ミルとこんなふうに手を繋げるとは思ってもなかった」


 二人は手を繋いだまま体育館と書かれた入り口をくぐる。


「広ーい。それに天井も高いよ」


 ミルが呟くとユウもうんと頷く。


「みんな集まっている。あっちだ」


 ミルは歩きながらユウに繋がれた手を見ている。


(このままずっと一緒ならいいのに‥‥‥)


「何か言った?」


「ううん、早く行こ。ユウ」







 ホールの前方までやってきたユウたち、周りには同じく真新しい制服を着た子供たちが20人ほど集まっているが……


「ねえ、ユウ。いろんな子たちがいるよ。あの子、体が透けてる。あ、ほら、あっちの子にはシッポが……獣人かな」


 姿かたちはバラバラのようだ。


「ミル、見たことあった? 俺、記憶にないんだけど」


「え? ユウが無かったら私は無いよ」


「だよな……ということは、俺たちとは別の世界もあるってことか」


「別の……どんな世界なんだろう。気になる」


 ミルが他の子供たちをしげしげと眺めはじめると、そこに一人の獣人の少年が近づいてきた。


「ねえ、君たち。もしかして人なの? 珍しいね」


 ここにいる生徒の中で人型なのは、どうもユウとミルの二人だけらしい。


「うん、人みたい。君は……ネコ?」


 少年の、制服で隠れされていないすべての部分が白い毛に覆われていて、おしりには太くて長いシッポがゆらゆらと揺れている。


「残念、ネコじゃないんだ。地球にいる動物なんだけど、ユキヒョウってわかる?」


 二人は上を見て何か考えている様子。


「地球かどうかわからないけど、ユキヒョウは見たことがあるぜ……おっきなネコじゃん」


「あはは、違いない。僕はカル。君たちの名前は?」


 二人は人懐っこいユキヒョウの獣人の少年に名前を伝える。


「ユウくんにミルちゃんね……ところで、ミルちゃんはさっきから僕の顔を見ているけど、どうしたの? あ、もしかして惚れちゃったとか?」


「みみ……」


「ミミ?」


「耳、耳見せて!」


 なんだ耳かとひとしきり笑った後、カルはミルの目の前で帽子を脱いだ。


「これでいい?」


「……すごい! ほんとにケモ耳が生えてる!」

「あ、こら」


 ミルが手を伸ばそうとするのをユウが止めた。


「いいよ。触って」


 二人よりも少し背が高いカルがしゃがんで頭を差し出す。


「もふもふ」

「うん、もふもふだ」


 ミルだけでなく、結局ユウもカルの耳の誘惑には勝てなかったようだ。


「ごめんな。俺まで」


「いえいえ、喜んでもらって何より。それよりも、いつまでこうしてるんだろう」


 ユウが振り向くと体育館の入り口は閉められていた。


「新入生はこれだけだよな……」


『校長先生からのお話があります。新入生の皆さんはその場で聞いてください』


 ホール内にアナウンスが響き渡る。


「お、いよいよだね」


 三人は壇上を歩いてくる人物を注視する。


「黒いフード?」


「ミル、静かに!」


 壇上の中央に黒いフードを被った人物が立ち、新入生たちを見渡している。


「入学おめでとう。私はこの学校の校長のT-75。君たちはこれからそれぞれのカリキュラムにそって学んでもらう」


「名前、なんて?」


「しっ、ミル!」


「君たちは久々の……地球の暦でいったら約100年ぶりの新入生だ。上級生たちも卒業してしまって誰も残っていないから、わからないことがあれば何でも先生方に聞くように。途中辛いこともあると思うが、君たちを待っている人たちがいることを忘れないでほしい。それでは、胸のカードに記された場所がクラスになる。担任が前にいるからそこに集まってくれ」


 新入生たちの胸のカードが光り輝いた。





 担任に連れられてきた教室で、ユウたちは胸のカードに指示された席につく。


「みんな一緒だよ。よかったね」


 ユウとミルだけでなく、カルも同じクラスになったようだ。


「それにさ。席も近いんだよ。これはさ、もう何かの運命を感じちゃわない?」


 ミルとユウのすぐ後ろに座るカルは少し興奮ぎみだ。


「みんな、静かに!」


 黒いフードを被った人物が教室の前方で声をあげる。


「さて、改めて自己紹介をしよう。私の名前はT-168。これからお前たちが卒業するまでの間担任を務めることになっている」


 正面のボードにはT-168とよろしくの文字が自動的に書き込まれた。


「先生! 質問をいいでしょうか?」


「かまわんぞ……君はミルだな」


「はい、ミルです。先生たちのお名前が記号なようなのと、黒いフードを被っておられるのはどうしてですか?」


 何人か頷いている。他にも気になっている生徒がいたようだ。


「我々は、君たち神の候補生たちを指導するシステムのようなもの。個体を識別するのに不便だから記号を付けているにすぎん。気にするな。あと、この中は……」


 T-168はフードの中を開く。


「あれ……何も無い」


「何も無いわけじゃないぞ。このフードが私の本体だ。だから今は、真っ裸でここに立っているようなものだな……ん、なんか急に恥ずかしくなってきたじゃないか。まっ、こんな私だがこれからよろしく頼む。ところで、君たちは自分が何者なのかわかっているか?」


 突然の質問に躊躇ちゅうちょせず答えるものがいた。


「神様になるのでは無いのですか? 私はそう思っていますし、先生も先ほど私たちのことをそのようにおっしゃられてました」


 一番前に座る精神体の女の子だ。


「うん、そうだ。君たちは神になることを望まれてここにいる。さて、それでは望んでいるのは誰だ?」


「え、……私の世界の人たちかしら?」


「そうだ。君たちがそれぞれ住む世界の生命体の願いが、君たちを作っている。君たちの姿かたちはその願いの現れだ」


 ユウたちはお互いの姿を改めて見る。


「ただ、今の君たちは器しかない状態だ。中身もたいして無いし、力の使い方もわかっていない。ここを卒業するまでに、みっちりと仕込むことになるから覚悟するように」


 幾人かの生徒が身震いする中、口を開くものがいた。


「先生、神様って何なのでしょうか?」


「君はユウだったね。いい質問だ。我々がいるこの宇宙ができて138億年、約100億年前に初めての知的生命体が生まれたあと、すぐに神というものも生まれた」


「100億年……この学校もその時からあるのですか?」


「この学校ができたのは、神が存在するようになって数億年がたってからだな。ほんとに突然だった」


 そう言ってT-168は天井を見上げた。


「先生はもしかしてその時からいらっしゃるとか?」


「ああ、私に限らず校長を含めてすべての職員がその瞬間からここに存在している。ユウ、神はどうして生まれるかわかるか?」


「……思いの力?」


「正解だ。思いの力が強ければ神は生まれる。ただ、それだけでは足りなかったのだろう。この学校が生まれてしまったからな。それから我々は、神がどうあるべきか試行錯誤しながら神のたまごたちを指導している」


「試行錯誤ですか?」


「そうだ。だから先ほどの君の質問、神とは何かについてはわからないとしか言えないのだ。すまないね。ただ、以前に比べてこの学校を開く頻度が減ってきているのは間違いない。もしかしたら、正解に近づいているのかもしれないな」


 T-168の言葉を聞いた生徒たちは、一様いちように自分のあり方について考えているようだ。自分たちが何を求められているのか、何を成すべきなのか。


「あのー、先生、僕、ここにいきなり来てよくわからないのですが、卒業っていつになるのですか?」


「ふむ、カルは生まれてすぐにここに来たのだったな」


 生まれてすぐという言葉を聞いて、ユウとミルが驚いた顔でカルを見ている。


「卒業は各人が求められている能力の水準に達し、尚且つ神としての資質を得ることができた時だ。明日かもしれないし10年後かもしれないし100年後かもしれない。私たち教師は、君たちを待っている人たちのために一日でも早く卒業していくことを願っている」


「もしかして、落第しちゃうことも?」


 T-168はもちろんと言って黒フードの頭を縦に揺らした。


「他に質問は? ……よし、授業は明日から執り行う。今日は各自寮に帰って休むように。場所は胸のカードに記されるからそれに従うこと。それでは解散」


 T-168が教室を出ていくと、生徒たちの胸のカードが光り出す。


「「15!」」

「15……」


 ミルとユウは喜び、カルは困惑の表情でそれを見つめている。


「カル、どうしたの早く行こうよ」


 ミルがカルの手を引っ張るが動こうとしない。


「え、だって……ミルと一緒っておかしいよ」


「あ、そういうこと。部屋についたら俺が説明するから、とにかく行こう」


 三人はカードの案内に従って、15の部屋へ向かった。

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