クロノトリアージ
楠樹 暖
赤のトリアージ
砂埃の切れ目に青空が顔を覗かせた。一筋の光が地表に伸びてそれはまるで天国に架かるハシゴのようだった。きっと彼女はその先の世界に居る。
「神様お願いです。僕を彼女のところへ連れて行ってください」
そう願い、僕は空の向こうへ一歩を踏み出した。
地球の引力が僕を地面へ叩きつけようとする。もうすぐ楽になれる。
突然、落下する体が動きを止めた。
「知っているかい? 自殺をした人間の魂は地獄へ行くっていうことを。つまりお前は彼女の元には行けないってことだ」
時が止まったような世界で全身黒ずくめの男が宙に浮いたまま口元に笑みを浮かべて話しかけてきた。
「でも安心しな。慈悲深いあのお方は現実に絶望したクソみたいな魂にも上質な魂へと生まれ変わるチャンスをやるって言ってるぜ」
男は三枚のカードを出して見せた。赤、緑、黄の三色のカード。
「カードを選べばそれぞれに応じた時間に戻って人生をやり直すことができる。さあ、どれか一つを選びな」
全身黒ずくめの男は胡散臭い笑顔でカードを前に出す。
「どれを選んでもいいんだぜ。選んだのが気に入らなかったら他のカードに替えてやるから。どのみち自殺をした魂は地獄行きと決まっているからな。それならワンチャンいい方に転がるかもしれないカードを選んだ方が得策ってもんだ。さあ、早く選びやがれ、このクソ野郎」
突然のことで状況が理解できない。何をしたらいいのか分からない。
「ほら、たとえば彼女が好きな色とかあるだろ」
「赤……かな」
男はニヤリと微笑んだ。
「はい、赤決定! 大丈夫、気に入らなかったら変えてやるから。そのときは『時よ止まれ』と言ってくれればやってくるからな」
赤いカードを持ったまま僕はあの時間へと戻っていった。
その日、僕と彼女はセンタービルの展覧会を見に出かけていた。そこで爆弾テロに巻き込まれてしまったのだ。
3時14分に爆発する連続爆弾テロ事件。犯人の正体は分かっておらず、必ず3時14分に爆発することから円周率に掛けて
3時14分に爆発が起こり、爆風によりコンクリート片が彼女の頭を砕き即死。すぐそばにいた僕はかすり傷程度で済んだ。
彼女を失った喪失感から僕は壁が崩れ落ちてむき出しになったビルから飛び降りたのだった。
現在の時刻は? 3時13分。爆発1分前だ!
今ならまだ間に合う!
「こっちへ来て!」
「えっ? ナニ?」
彼女を引き寄せコンクリート片の射線上からずらした。
3時14分、爆発が起こり大きなコンクリート片は何もない空を突き抜けていった。
助かった!
と思ったのもつかの間、彼女が「うっ!」と悲鳴を上げて倒れこんだ。
脇腹に金属片が刺さっていた。
金属片を取り除くとどくどくと赤い血が漏れていた。
必死に手で傷口を押さえる。
「誰か来てくれー」
しかし、周りは似たような状況の人たちで溢れかえっていた。
無限に続くように感じた長い時間のすえ救急隊員が来て彼女見て紙を置いていった。トリアージタッグというものだ。
色は彼女の好きな赤色だった。
彼女を見た救急隊員は他の倒れている人のところへ行きトリアージタッグを置いて回っていた。
担架を担いだ隊員が来た時には彼女の顔からすっかり血の気が消えていた。
このまま死んでしまう気がした。
もう少しやり直すことができたのではないか?
そういえば、カードはあと二枚あったはず。
「時よ止まれ!」
すべての時が止まり、目の前には黒ずくめの男が現れた。
「よりにもよって赤を選んじまうとはなぁ」
男は最初に見た時よりも笑みが増えていた。
手元には緑と黄のカード。
「カードの色の意味が分かったよ。トリアージの色だね」
トリアージとは治療の優先順位を付けるものだ。
赤はすぐに治療が必要な人。
黄は赤の人よりも優先度の低い人。
緑は立って歩ける人。
「その通り。まぁ、残り二枚は赤よりもマシだからよかったよな。さあ、次はどれを選ぶ?」
「緑を」
男はニヤリと口角を上げた。
そして僕はまた過去へと戻っていった。
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