第158話 魔導師レオ

 ナインリングワールドで有名な魔導師の中に『幻豹』という名前がある。その正体は豹人族の魔導師レオ・ニグナスである。現在、レオは、故郷のニコラコロニーで休暇を楽しんでいた。


 レオは天才的な才能を持つ魔導師だったが、魔導以外はダメ人間という評価を得ている。但し、ダメ人間だと知っているのは、彼と親しい者だけだ。


 その親しい者の中で同族の女性は少なく、その一人が研究者イオハ・トラビスだった。イオハはホテルのレストランで食事を楽しんでいるレオに気付いて歩み寄ると声を掛けた。その喋り方はワーキャット族に似ている。


「レオじゃにゃい。相変わらず丸々しているわね。もう少し身体に気を付けたらどうにゃの」

 イオハの方へチラリと目を向けたレオは、自分の出っ張った腹部を見た。

「なぜかにゃ。僕のように健康的でふくよかにゃ体形は、理想的じゃにゃいか」


「どこが理想的にゃのよ。何かにつまづいて転んだら、二、三回は回りそうじゃにゃい」

「馬鹿にするな。四回はいける」

 それを聞いたイオハは、大きく溜息を吐いた。レオはギャグをこよなく愛する魔導師だった。


「休暇はいつまでにゃの?」

「僕が退屈ににゃって、狩りをしたくにゃるまでさ。イオハの研究は、どうにゃんだ?」


 イオハはナインリングワールドの七不思議を研究している。彼女が調査しているのは、『幽霊船』という七不思議だ。これは第四小惑星帯の中に存在する宙域で、何者かが建設した都市宇宙船を見たというものだ。


 宇宙空間に街のような都市宇宙船があり、それを発見して近付くと消えてしまうというおかしなものだった。レーダーにも映らず、短時間だけ見えて消えるので『幽霊船』と呼ばれている。


「天神族が建設した都市宇宙船型スペースコロニーでは、という説を検証しているのだけど、撮影された都市宇宙船の映像を調べると、天神族が建設したにしては、レベルが低いのよ」


 レオも幽霊都市宇宙船の映像を見た事があるが、蜃気楼のようにぼやけた映像だった。かろうじて都市宇宙船だと分かる程度のもので、素人しろうとにはどういう様式の建物かは分からない。


「明日から調査旅行に出掛けるので、今日は挨拶に来たの」

「その調査旅行は安全にゃのか? 確か宇宙海賊が出没する宙域に近いと聞いているが」


「最近ににゃって暴れ始めた海賊ね」

 レオはイオハに目を向けた。美しい模様の毛並みをしている彼女は、魅力的な女性だ。

「連合の輸送船が、狙われていると聞いた。危険だ。僕も付いて行こうか?」

 

「一人で行く訳じゃにゃいんだから、大丈夫よ」

 その調査旅行はコロニー政府の支援で行われるもので、他にも有名な研究者が何人も参加する。用意された船も古いコルベット艦を改造したもので、今では武装貨客船だった。


 レオは調査旅行に使う船が武装貨客船だと聞き、少し安心した。その後、調査旅行に出発した調査団が行方不明になったと聞いた時、レオは無理にでも付いて行くべきだったと後悔する。そして、自分の船ペトロニ号で探しに向かう決心をした。


「師匠、どうしたんですか?」

 レオの屠龍戦闘艦ペトロニ号で留守番をしていた弟子のフュムは、慌てて戻ってきたレオに驚いて声を上げた。弟子のフュムは、師匠とは対象的に背が高く痩せ型という体形である。


「幽霊都市宇宙船を調査に行った船が、行方不明ににゃった。探しに行く」

「そのニュースは見ました。イオハさんを探しに行くのですね」


「……そうじゃにゃい。調査船を探しに行くんだ」

 フュムが『分かっています』というように意味ありげに笑う。

「探しに行くと言っても、場所は分かるのですか?」


「まずは、海賊のアジトを探す」

「師匠は、今回の事件を海賊の仕業だと考えているの?」

「分からにゃい。だけど、一番の有力候補だ」


 レオのペトロニ号は宇宙港を出て宇宙海賊が出没するという宙域に向かう。レオは二人分ありそうな大きな座席に座って情報を探す。


「『幽霊船』は関係にゃいんですか?」

 フュムがレオに確認した。

「関係あるかもしれにゃいけど、そちらは何をすればいいか分からにゃい。だから、まず海賊から始める」


 フュムが首を傾げる。

「こういう場合は、可能性の高いものから確認するものじゃにゃいんですか?」

「ふん。そんな可能性の計算が、僕にできると思うのか?」


 フュムが、呆れ顔でレオを見る。

「計算できにゃくとも、魔導師だから勘が働くんじゃ?」

「馬鹿だな。魔導師は勘が鋭いというのは、迷信だ。それともフュムは勘が鋭いのか?」

「そう言えば、勘が鋭いと感じた事はありません」


 そんな話をしながら宇宙を飛び、海賊が出没する宙域まで来た。

「ペトロニ号をステルスモードにして、ここで待つ」

 その状態で半日ほど待った頃、怪しい航宙船が近くを通り過ぎた。その船は識別信号を発しておらず、船体には戦いの傷だと思われるものが刻まれていた。


「フュム、ステルスモードのまま追跡する」

「分かりました。頑張ってください」

 レオがジロリとフュムを睨む。

「ステルスモードでの追跡というと、天震力ドライブですよね。俺はまだできませんよ」


 レオが顔をしかめた。

「魔導師なら、天震力ドライブくらいできるようににゃれ」

「無理言わないでください。俺はまだ十四歳の魔導師見習いです」

「はあっ、仕方にゃい。追跡するぞ」

 ペトロニ号を天震力ドライブで動かし、怪しい航宙船を追跡した。


 その航宙船は小惑星が密集している宙域へと進み、小惑星としては大きな部類に入るものの前で停止した。

「あの小惑星は、扉がありますよ。間違いなく海賊のアジトです」

 フュムが興奮した感じで声を上げた。


 それを見たレオは、美味しい獲物を見付けたという顔をする。

「ふふふ……中々デカそうな獲物じゃにゃいか」

 その顔を見たフュムは、『どっちが海賊か分からない』というような冷たい目で師匠を睨んだ。


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