第152話 拿捕作戦

 時間がない。イノーガー戦闘艦は、核爆弾を使って時空間黒点から仲間を救い出そうとするに違いない。ちなみに、宇宙では重水素や三重水素の核融合反応を利用する純粋水爆が普通である。地球の水爆は核分裂反応を利用して核融合反応を誘発するものだが、純粋水爆は直接核融合反応を引き起こす。


「戦闘支援ビークルで外に出る。合図をしたら、作戦通りに攻撃を始めるから」

「了解」

 レギナが返事をすると、主砲の準備を始めた。私はMM型機動甲冑を着装すると戦闘支援ビークルに乗り込んだ。格納庫の空気を抜いて出撃ハッチから外に出る。


「イノーガー戦闘艦が、時空間黒点に向かって移動開始」

 スクルドの声が通信機から聞こえてきた。

「ロックオン完了。ゼン、いつでも始められるぞ」

 レギナの声も聞こえてきた。私は魔導装甲を戦闘支援ビークルの周りに展開し、離震月牙刃の準備をする。敵の姿を探すと、暗い宇宙の中に奇妙な船が浮かんでいた。


 全体的には球形なのだが、それは銀色のサイコロを巨大化したようなブロックで構成されているように見える。そのブロックからクリムゾンレーザーの砲塔が迫り出し、その先端が戦闘支援ビークルやアキヅキに向けられる。すぐさまジグザグ飛行を始める。それはアキヅキも同じだった。


「作戦開始だ」

 通信機に向かって叫んだ。そして、離震月牙刃をイノーガー戦闘艦に向けて放つ。青紫色に光る三日月形の刃は、イノーガー戦闘艦のバリアに当たってバリアのエネルギーを吸収しようとする。だが、そのバリアもエネルギーの吸収能力があった。


 結果としてどちらもエネルギーの吸収ができなかった。当然イノーガー戦闘艦のバリアに負荷が掛かり、そこにアキヅキから荷電粒子砲が撃ち込まれた。この攻撃はイノーガー戦闘艦を引き止めるために行ったものだ。


 攻撃を受けたイノーガー戦闘艦は、スピードを落として反撃する様子を見せた。イノーガー戦闘艦の行動パターンから、そうなると予測していた。イノーガー戦闘艦はバリアに自信を持っているので、近距離での撃ち合いを選択するだろうと考えたのだ。


 アキヅキから大量のウイルスミサイルがセットされた発射装置が放出された。この発射装置には三発のミサイルが搭載され、短時間なら移動できる推進装置も付属している。


 発射装置はイノーガー戦闘艦を囲むように展開した。その間も離震月牙刃と荷電粒子砲による攻撃が続いており、攻撃タイミングが同調しようとしていた。


 ついにプラズマ弾と離震月牙刃が同時にイノーガー戦闘艦のバリアに命中。すると、そのバリアが揺らいだ。その瞬間、発射装置からウイルスミサイルが発射され、凄まじいスピードで飛翔したミサイルがバリアに食い込んで突破しようとする。


 残念ながら回復したバリアがミサイルを跳ね返した。その時になって初めてウイルスミサイルが危険だと判断したイノーガー戦闘艦は、待機しているウイルスミサイルへの攻撃を始めた。


「まずいでしゅ。ウイルスミサイルの数がどんどん減っていましゅ」

 通信機からサリオの声が聞こえた。

「慌てるな。このまま続けるんだ。バリアの揺らぎが大きくなっている」

 レギナが動揺するサリオを落ち着かせようとしている声が聞こえた。


 実際バリアの揺らぎは大きくなっている。揺らぐと同時にウイルスミサイルが撃ち込まれるのだが、まだ撥ね返すだけの力をバリアは保持していた。


 イノーガー戦闘艦は、逃げれば良いのに逃げない。その人工知能には『逃げずに敵を攻撃しろ』という行動パターンが刷り込まれているのかもしれない。


 クリムゾンレーザーで次々とウイルスミサイルが破壊されていく。ミサイルの発射装置もプログラムに従って回避行動をしているのだが、クリムゾンレーザーは正確だった。


 六割のウイルスミサイルが破壊された時、私は焦り始めていた。

「威力が足りない」

 思い切って天震力を増やす事にした。こうすると命中精度に影響がでるのだが、近付けば命中するだろう。ジグザグに軌道変更しながらイノーガー戦闘艦に近付いて増強した離震月牙刃を放った。


 その離震月牙刃が命中した直後に、アキヅキから放たれたプラズマ弾が命中してバリアに穴が開いた。周りのウイルスミサイルが発射されて穴を目指す。だが、すぐに穴が塞がろうとする。


 チャンスだと思い、超磁場発生弾を叩き込んだ。塞がろうとしていた穴が動きを止める。その穴に三発のウイルスミサイルが飛び込んで船体に貼り付いた。


「やった!」

 その時、隙が出来たのだろう。イノーガー戦闘艦が凄まじい加速でこちらに向かってきた。私は全力で逃げようと加速する。だが、スピードはイノーガー戦闘艦が上だ。


 真正面からぶつかるのは避けたが、イノーガー戦闘艦の四角いブロックに撥ね飛ばされて宇宙空間をクルクル回る。幸いな事に衝撃のほとんどを魔導装甲が吸収したので、大きな怪我はない。だが、一瞬だけ死ぬかと思った。


 私を撥ね飛ばしたイノーガー戦闘艦は、向きを変えてアキヅキに向かう。その途中、何かを放出した。

「核爆弾よ。退避して!」

 スクルドの大声が聞こえた。私とアキヅキは必死で逃げた。その直後に爆発が起きた。閃光が宇宙を照らし、放射熱が魔導装甲を熱する。


 距離があったので、被害はなかった。ただアキヅキが心配だ。

「レギナ、大丈夫か?」

「ザザッ……ガガ……」

 電波障害が起きているらしい。

「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。ゼンは大丈夫なの?」

 元気そうなレギナの声が聞こえてきたので、ホッとする。核爆発の影響は時空間黒点まで届かず、新たなイノーガー戦闘艦が現れるという事はなかった。


「良かった。こちらも大丈夫だ。イノーガー戦闘艦は?」

「ウイルスが効いたみたい」

 少し離れた場所でイノーガー戦闘艦が漂っているのが見えた。その姿を見ると、心の底から嬉しさが込み上げてきた。


「あっ、所属不明の戦闘艦が近付いてきましゅ」

 サリオの叫び声が聞こえてきた。サリオも興奮しているようだ。

「サリオたちは、イノーガー戦闘艦を回収してくれ。所属不明の戦闘艦は私が対処する」

 私はその戦闘艦に向かって飛んだ。そして、近付いてくる戦闘艦に通信機で呼び掛ける。


「こちらデルトコロニーのロード・ゼン。この宙域は放射能汚染されているかもしれない。近付かない方がいい」


「五月蝿い。どけ!」

 誰かと思ったら、ブラッド同盟のロード・ギルダーだった。ブラッド同盟は総選挙の最中なので、静かにしていたのに、イノーガー戦闘艦と聞いて飛んできたらしい。だが、自分たちでは戦おうとせず、誰かが倒したらハイエナのように奪おうと考えていたようだ。


 イノーガー戦闘艦が漂っていた辺りを見ると、奇妙な戦闘艦の姿が消えていた。アキヅキが回収したのだ。新しく設置した大容量異層ストレージを使ったのだろう。この異層ストレージの容量はフリゲート艦を収納できるほどだと聞いているので、イノーガー戦闘艦でも収納できる。


「ご自由にどうぞ」

 私は横に移動して道を開けた。

「ん? ないぞ。貴様、どこに隠した?」

「さあね」

 私はギルダーの相手をするほど暇ではない。さっさとアキヅキに戻った。


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