第42話


「ユーゴ様! いらしてくださったんですね!」


 黄色い歓声と共に出迎えてくれたのは、童話に出てくるお姫様のような美少女シスターだった。

 長く豊かな金髪はくるくると美しくウェーブを描いて背中を流れ、少し垂れ目の大きな瞳は美しい碧眼だ。

 まるで瞳の中に星が瞬いているかのようなきらきらとした目でユーゴのことを見つめていた。


 2人は教会に足を踏み入れていた。

 莉々子としては適当に振った話題だったが、興味がないわけでもないのでユーゴの「寄っていくか?」という提案に頷いたのだ。

 教会の内部は莉々子のイメージする教会とそうさしてかけ離れてはいなかった。

 天窓からは色とりどりのステンドグラスからの光が差し込み、その光の丁度中央に位置する場所に、精霊様なのだろうか、彫刻が建っている。


 瞼を閉じた女性のような姿でその身を包むように何枚もの羽を纏っている。花びらのような、蝶の羽のようなその羽に包まれた姿は、神秘的にも蓑虫のようにも見える。

 木造のシックな建物の中央で、光に照らされて白く輝くその姿は、ある程度の神々しさを醸し出していた。


(人間の姿をしているのか、精霊様……)


 人の脳内ハイジャック犯との初のご対面の瞬間だった。

 いや、本人の姿ではなく、おそらくはただのイメージの姿なのだろう。

 それとも実物と出会える機会があるのだろうかと、そんなことをぼんやりと思っている間にユーゴは素知らぬ顔で美少女へと微笑みかけた。


「ごきげんよう、アンナ。少し邪魔させてもらう」

「ユーゴ様ならいつでも大歓迎ですわ!」


 アンナと呼ばれた金髪美少女はユーゴの背後にいる莉々子のことはおそらく眼中に入っていない。

 夢見る少女の瞳でうっとりとユーゴの事を見つめている。

 ユーゴよりも少し身長が高いくらいのその容姿からすると、年齢も同じくらいなのかも知れなかった。

 どうでも良いことだが、“アンナ”という名前は英語ではなかっただろうか?

 “ユーゴ”は英語の名前ではないような気がするが、そのあたりは特に統一されていないのだろうか。

 言語体系的に、そういった発展の仕方はあり得ることなのだろうか?

 莉々子がぼんやりと考えている間にも、二人の会話は続いていく。


「ユーゴ様がいらしてくださることがわかっていたなら、焼き菓子を用意してましたのに」

「あまり気を遣うな。今日はリリィに教会を見せに来ただけだ。すぐに帰る」

「リリィ……?」


 そこでやっと、ユーゴの背後にひっそりと控える莉々子に気がついたのか、こちらにその視線が向いた。


「あ、リリィです」


 なんとなく名乗りでなくてはならない気分になって軽く挙手してみる。

 結果、金髪美少女にじっ、と見つめられる刑に処された。

 非常に気まずい。

 ただでさえ誰かと目を合わせるのが苦手なのにも関わらず、今回は更に美少女に見つめられている。

 じっとりと、背中に汗が滲む。


(美少女怖い)


 何が怖いって、圧が違う。圧が。

 眼力に何らかの力がこもっている。

 真顔の美少女に見つめられるという経験をした人間が一体この世に何人いることだろうか。

 莉々子は目出度く、本日その経験者に仲間入りを果たした。


「どなたですの……?」

「えーと……」

「俺の義姉だ」


 だから、その半端な紹介を止めろと言っているだろうが。

 抗議と美少女の視線からの逃避を兼ねてユーゴを鋭く睨みつけたが、奴は視線をこちらに寄こすことすらしなかった。

 そのすました顔を一度思いっきりぶん殴ってやりたいと念じる。


「姉……?」

「ユーゴがまだ引き取られる前に親同士の仲が良く、兄弟のように育ったんです」


 圧に堪えられず、ユーゴが口を開く前に素早く弁解をする。

 しかし、視線を緩むどころか、更に鋭くなった。

 カッターナイフどころではない、日本刀並の切れ味がありそうなその鋭さに、莉々子はひやり、と首をすくませる。


(人斬りの目をしている……)


 そう思わせるような鬼の形相だった。


「つまり、血のつながりはないんですの……?」

「えーと、ないというか、なんというか……」

「ないんですの?」

「あ、ありません」


 ずずい、と詰め寄られ、手をホールドアップして降参する。

 いや、最初から戦うつもりなどこちらには毛頭ないのだが、向こうが勝手に挑んでくるのだから、温和に終わらせるためにはこちらが降参するより他にない。

 しかし、莉々子がこんなに言葉でも態度でも全面降伏しているのにも関わらず、アンナの攻勢は勢いを増して火を吹いた。


「ふしだらですわ!」


 突然の間近での大音量に耳がキーンとなる。

 思わず耳を塞いで目を瞑った。


「血のつながらない男女が一緒に生活するなんてっ、なんてふしだらな女性ですのっ!」

(いや、ユーゴは?)


 責められるべきは莉々子ではなくユーゴではあるまいかと思うのだ。

 何せ、連れてきた張本人だ。

 そういった事情を知らなかったとしても、これは連帯責任であって、莉々子だけを責めるのはおかしくないだろうか。

 しかし彼女の何がそうさせるのか、その敵意は莉々子に限定して発せられていた。


「いや、あの……、使用人なんで……」

「ユーゴ様は貴方の他にも使用人を雇っていますの?」


 いません。

 と、素直に言うと血を見そうで、なんとなく押し黙る。


「いないんじゃありませんの」

「いや、あの……」

「二人っきりなんじゃありませんの……っ」

「いやー……、子どもと二人っきりとか言われましても……」

「子ども……っ!?」

(……あ、しまった)


 地雷を盛大に踏み抜いた気がする。


「貴方っ、ユーゴ様のことを子どもと言いましたの……っ!?」

(いやいや、子どもじゃなかったらなんなんだよ……)


 13歳だぞ。

 そしてこっちは25歳だぞ。


(10歳違ったら子どもだろう……)


 もちろん、そんなことは言えるはずもない。

 燃えさかる美少女に、怖じ気づいて足が2,3歩下がった。


(超怖い)


 今すぐ家に帰りたい。切実にだ。

 今が、この世界に来てから一番、日本の自分の家に焦がれているかもしれない。

 この際、帰る先がユーゴの館でも良いから、切実に避難したいと思った。

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