第40話
「つまらん話をしたな」
ふと、我に返ったのか、声音を元に戻すとユーゴはぽつりとそう告げた。
その静かな声にはもう、先ほどまでの激情は込められておらず、莉々子は少しそれを残念に思う。
(いや、残念ってなんだ)
莉々子には、至極どうでも良いことだ。
例えどれだけこの国の住民が犠牲になっても、どれだけこの国の制度が腐敗していても、どれだけそのことにユーゴが心を痛めていたとしても。
(私には関係ない)
だって、莉々子は元の世界に帰るのだ。
ユーゴは誘拐犯だ。誘拐犯の事情などに、斟酌するような価値はない。
(……その、はずだ)
「次はどこに行きたい?」
莉々子の煩悶を、ユーゴの質問が遮った。
その声にふと顔を上げると、ユーゴの背中が見えた。
その背中は常の存在感から比べると、ひどく華奢に感じられる。
訊いておきながら莉々子の返事を待つ気はないのか、ユーゴはそのまますたすたと歩いて行ってしまう。
慌ててその後に続きながら「どこでもいいんですか?」と莉々子はその顔色を覗う。
そこには、ユーゴの不興をかわないように、という気配りの要素もある。しかしその一方で、果たしてどのような場所がユーゴにとって不都合なのか、という詮索の要素も多分に含んだ質問でもあった。
そう、莉々子は元の世界に帰るのだ。
ユーゴの弱点は、積極的に突いていかなければならない。
ユーゴが領民を大切に思っているかも知れないという事実は、きっと莉々子のつけいる隙のうちの一つのはずだ。
さしあたっては、先ほどの質問から、ユーゴにとって不都合な場所を探るのは悪くはない方策だと思えた。
ユーゴにとって不都合な場所は、きっと莉々子にとって都合の良い場所だ。
しかしそんな莉々子の期待をよそに、「どこでも良いぞ」とその返事はあっさりとしたものだった。
まぁ、確かに、そんなにわかりやすく『○○は行きたくない』などと言ってくれるわけがない。しかしそれでも少しばかりヒントになるようなリアクションをくれてもいいのではないだろうか。
どこまでも可愛げのない少年である。
まぁ、単純に莉々子の腹の探り合いが下手すぎるのもあるのだろうが。
若干ふてくされながら「図書館に行きたいです」と仕方がないので素直に返した。
「図書館? 随分と地味な場所に行きたがるな。……情報収集か」
莉々子は黙って首をすくませた。
案の定、こちらの思考を察してくる奴である。
ここ数ヶ月、莉々子は自身の魔法について研究を重ね、痛感していることがあった。
それは、莉々子の魔法では、元の場所に戻ることは出来ない、ということだ。
元の世界に戻るためには、ユーゴの闇魔法がどうしても必須である。
しかし、どう逆立ちしてもユーゴからは協力が得られるはずがないし、闇魔法の使い手を、それもユーゴと同じ種類の魔法が使える人間を見つけるのは途方もない作業のように思えた。
まさしく、森林の中から一枚の木の葉を探すようなものである。
しかも訪れたばかりの莉々子には地の利は皆無という絶望的な状況だ。
なので、それはひとまず後回しにすることにして、まずは召還の儀式には何が必要なのかを調べることを優先させることにした。
この世界に訪れた初日に、ユーゴは召還を行うためには『道具や条件を揃えるのにとても労力を要する』と言った。
その方法を、まずは知る必要がある。
万が一に協力を得られる闇魔法の使い手が見つかった時に、肝心の『方法がわかりません』では困ってしまうのだ。
もちろん、ユーゴの屋敷の書棚は可能な限り漁ったが、そんなものをユーゴがわかりやすく置いているわけがない。
ならば、ユーゴの手が及ばない場所で探すしかない。
もちろん、このような目論見など、ユーゴには見通されてしまっていることだろう。しかし、ユーゴの私物でないものならば、隠蔽もそこまで完璧に行えないのではないだろうか。
あるいは、図書館の司書や訪れる人からヒントがもらえることがあるかも知れない。
召還の儀式そのものはわからなかったとしても、調べていく過程で類似した別の手段が判明することもあるかも知れない。
そこに期待する以外の方法が、莉々子には現状では思いつかなかった。
「まぁ、いい。そうだな、少し距離があるが、丁度良いか」
「……? 何がですか?」
「図書館は貴重な書物の保護が最重要な業務だからな。その関係もあって、領主邸の近くにあるのだ」
「領主邸?」
「その名の通り、領主の住まう邸宅だ」
そう言ってユーゴ指し示した方向には、小高い丘があり、そこにはユーゴの屋敷よりも一回り以上大きく立派な青を基調としたお城のようなものが見えた。
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