ユーゴという少年

第25話

 唐突に、衝撃の事実が判明した。

 ある日のことだ。何気なく莉々子が「この食事、飽きませんか」と口にしたら、あっさりとユーゴに「そうだな」と頷かれてしまったことにそれは端を発する。


「貴様、調理はできんのか?」

「出来ません」


 即答である。

 いや、言い訳をさせてもらえるならば、一人暮らし歴数年の莉々子にも、ある程度の家事スキルは当然存在する。

 しかし、案内の際にちらっと覗かせてもらった台所には、なんと、かまどがあった。

 薪をくべる場所とその火の加減を調節するためであろうか、なんだかよくわからん器具があった。


(いや、無理だろう)


 それが莉々子の限りない本音である。

 炊飯器で米を炊き、オール電化のコンロで野菜を炒める莉々子には、これらの代物は到底使いこなせるものではない。

 そう尋ねたユーゴは、しかしそういったものをあまり莉々子に対して期待してはいなかったのか、たいして責めるでもなく「そうか、俺と同じだな」と食事に目を向けたまま軽く頷いた。


(……うん?)


 今、なんだか引っかかるワードがあった気がする。


「料理、出来ないんですか」

「出来るように見えたのか?」


 食事の手を休めてユーゴが顔を上げる。

 その瞳は静かに凪いで、純粋な疑問を写して莉々子のことを見つめていた。


「調理が出来ていれば、こんなまずいものなど毎日食べているわけがないだろう」


 そうしてまるで自明の理を告げるかのごとくそう告げられる。

 莉々子はその言葉を受けて、深く息を吸った。ついで、長く息を吐く。

 思わず、手に持っていたフォークを強く強く握りしめ、がっくりとうなだれた。


(この料理、作ってたのお前なのかよ……)


 いや、少し考えればわかったことだ。

 この屋敷には莉々子の知る限り、ユーゴと莉々子しかいない。

 人が居なさすぎて掃除が行き届かず、綿埃が空中を舞っているくらいだ。

 そして、莉々子はここにきて食事の支度をした覚えが一度もない。

 2人のうち1人が料理をしていないのに、食事が毎日出てくるということは?


(残りの1人が料理をしてくれているというわけですね)


 非常に単純な引き算だ。小学生でも出来る。


「いままでずっと、これを食べ続けていたんですか?」


 “これ”と言いながら、今現在食べているメニューを指さす。


「まぁ、朝食はな。あとはほとんど外食だ」


 貴様が来て間もなかったから、こちらの常識に慣れるまでは外に食べにいけなかったのだ、とユーゴはこともなげに言ってのけた。


「…………はぁ」


 いや、うん、確かに、わからなくはない。わからなくはないのだ。莉々子は確かに、こちらの世界に対する知識が少なく、人前に出せる状態ではなかったのだろう。

 しかし、それならば。


(ユーゴ様だけでも外食すれば良かったのではないだろうか……?)


 まぁ、別に常にユーゴは屋敷内にいるわけではなく、むしろ昼間などは居ないことのほうが多かったが、それでも朝食と夕食はだいたい莉々子と共に食べていた。

 この、ユーゴいわく『まずいもの』をだ。


「どうした?」


 莉々子が微妙な顔をしていることに気づいたのかユーゴが尋ねてきた。

 それに少し困惑しつつも素直に先ほどの疑問点をぶつけると、「ああ」と得心がいったように頷かれてしまう。


「そうしたほうが、懐柔がうまく行くだろうと思ってな。まぁ、癖のようなものだ。気にするな」

「はぁ、懐柔……?」


 訝しがる莉々子に、ユーゴは面白がるように瞳を細めた。


「一緒に食事を取る、というのはなかなかに親しい関係だとは思わんか。少なくとも、腹が満たされると人は幸福感を得る。その場に居合わせるということは、その人物と共にいるとその幸福感が得られる、という錯覚につながる可能性がある」


 所謂、条件付け、ということだろうか。

 この人と一緒に居れば餌が得られる、と思い込ませるということか。


「食事の場のほうが、皆気が緩んで口が軽くなるものだ。相手を理解しよう、なさぬ仲になろうとした時にはまず食事に誘うことが多くてな。貴様に対してもつい、癖でそうしてしまったんだろう」


 なるほど、手に入れた犬の観察、兼、餌付け行為だったわけだ。

 しかし、それを正直に莉々子に話す、というのはなんとも理解しがたい。それが目的ならば適当に「仲良くなりたかった」とでも言っておけば好感が得られただろうに。

 下心を口に出してしまうなど、台無しだ。


 するとその莉々子の考えをお得意のテレパスで見透かしたのか「まぁ、他の奴にはこんなことは口が裂けても言わんが、貴様は俺に逆らえないからな。習慣でやってしまっただけで好意を得る必要もないし、さして意味がなかったな」とあっけらかんと言い放った。


 なるほど、納得した。確かにユーゴが莉々子に媚びを売る必要性はかけらもない。

 若干その物言いには腹は立つが。

 ユーゴはそんな莉々子の様子には一切気を払わず、優雅に最後の一口を食べ終わると、口元をナプキンでぬぐって言った。


「しかしまぁ、そろそろいいか。他の連中にも貴様を紹介する頃合いだとは思っていたしな」


 そうして莉々子は『同じ食事をするのに飽きた』という非常にくだらなく、そして切実な理由で、外食を兼ねた初お披露目をされることになったのである。

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